第4話 黒色の理由
彼女と待ち合わせをすることはない。昼過ぎごろに商業施設の中をあてもなく歩いていれば必ず出会うことができた。
「よく飽きないね」
少し笑いながらそう言ったのはすでに三ヶ月が経過した五月の初め、ゴールデンウィークで激混みの施設内から並んで出た時のことだ。
「このためだけに生きてるからな」
「なら私を殺したら、死ぬの?」
「やることないしなあ。それも悪くない」
今回で十二回目だが、正直全く殺せそうにない。体もだいぶ人並みになったし、筋肉もついてきたのだがそれとは違う部分で差がありすぎる。この難問を達成できれば死ぬのも悪くない。
「気持ちわる」
流し目でこちらを一瞥して一言返した。
「本気で思ってた分だけぐさっとくるわ」
殺すとか死ぬとか、物騒な話をしているとは思いもしない家族連れやカップルがすぐ横を通り過ぎる。
「そういえば、この髪どう?」
金にも余裕が出てきたので美容院に初めて行ってきたのだ。
「悪くないんじゃない?……好みじゃないけど」
ちらと俺の上に乗っかった髪を見て答えた。この返答は喜んでいいのか?
「そうか……どういうのが好みなんだ?」
答えてくれなそうだけど、一応聞いてみよう。
「特にない」
やっぱり答えてくれなかった。
「でも服は悪くない」
十回以上顔を合わせて話しているとミゼの人となりも少しはわかってくる。基本的に冷たい受け答えしかしないが、冷たすぎたと思うと少しだけフォローを入れる。本来は優しい質なのだと思う。それを後付けの冷たさで覆い隠しているような気がする。
「やっぱり?これかっこいいよな」
ファッションの知識を補うために買った雑誌でミゼの服と似たものを見つけて、その店で買った上下一式だった。ストリート系?というらしい。あっているのかはわからないけど。
「このうさぎがいい」
左胸にあしらわれたデフォルメされたピンク色のうさぎを指さした。
「へぇ。なんか意外」
「別に」
人通りも少なくなってきて、乾いた足音が響く。車通りも心なしか多いような気がする。横を通り過ぎるたびに風が巻き込まれて慣れない髪のボリュームに頭皮がくすぐったい。
「そういえばミゼは黒い服しか着ないよな」
いつも黒一色に統一されている。白い肌とのコントラストが魅力的なのだけど、上下真っ黒というのは雑誌でもあまり見ない。
「だって私、殺されるんでしょ。あなたに」
答えの意味がわからず首を傾げる。どうしてわからないのとため息を一つ。
「ナイフ使うなら血が出るでしょ。それで汚れるのが嫌なだけ」
そんな合理的な理由があったとは。単に黒が好きというわけではないのか。
「黒ならあんまり目立たないもんな」
十五分ほど歩いて随分と見慣れた工事現場に到着する。この三ヶ月で工事は一切進んでいない。完全に放置されているようでとてもありがたい。
鍵のかかっていない工事現場の扉を押し開ける。地面の汚れ、足跡、崩れた資材。全て知っている。
「ここも暖かくなってきたね」
強い風が吹くのは変わらないけれどそれが心地よい程度には気温が高くなった。歩いていた時に比べて幾分柔らかな声が高架下に響く。
「暑いくらいだよ」
五月の初め、じっとりと肌につくような湿気がある。所々肌の露出したミゼの服装は涼しそうでうらやましい。
ビニールシートの掛けられた資材をベンチがわりにして並んで座る。ここが定位置になりつつある。周囲を通る道からも、建物からも見えない死角で言葉を交わした。
ミゼは過去を知りたがってさまざまな方向から質問をしてきた。家がどんな風にくそだったのか。どうやって家から逃げたのか。育ててくれた人はいるのか。俗世に興味がないような暗い目がその時だけわずかに輝いているような気がして思い出したくもないことをなんとか飲み込み、咀嚼して綺麗な言葉で返した。一通り話し終えるとミゼは決まってうつ向き、黙りこくってしまうのでされた質問と同じものを返した。
「私たち似てるね」
「こんな過去もってる人なかなかいないからな」
「似たもの同士は惹かれ合う法則。知ってる?」
知らないと首を横にふる。
「胸についた糸に引っ張られるみたいに似たもの同士は集まって、増えていくから世界は変わらないの」
増えていく、、子供に受け継がれる常識、思想。
「初めて聞いたよ」
「私が考えたからね」
「二十年以上集まれなかった自分が悲しいよ」
「群れてもしょうがないことばっかりだから、いいんだよ」
ポケットから手を出して、前髪をいじりながら答える。光が透けてほのかに赤いのがわかる。
少し話して、何もしない時間があって、どちらかが思い出したように話題を出す。ミゼとの間に生まれる沈黙は居心地が良い。会話しよう、続けよう、とする気持ちはなくて、自然発生的に生まれた話の種が二人の間にそっとおかれるような感じだ。
「そろそろやるか?」
もう何本目かもわからない電車が頭上を走り抜け、再び静寂が訪れる。陽がわずかに傾いたようでほのかに赤みがかっている。
「もうニュースの時間?」
少し笑いながら、若干呆れるように言ってゆるゆると立ち上がる。それぞれ十メートルほど離れて向かい合う。落ち着いた熱量を持っていた腹の底が燃えるように熱くなる。毎度変わらず力一杯に突っ込み、呆気なく飛ばされる。
「っ!」
派手に飛ばされても痛まないようになったものの、飛ばされないようにすることができないので一週間ぶりになさけなく地面に転がる。
「スマホ買っておきなよ」
近づいてくるとそう言い残して去っていった。黙って見送っていると、背中が小さくなり、角を曲がって見えなくなる。横を向いた瞬間に、一瞬だけこちらを振り返った気がした。
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