冷えた部屋での攻防

 8月。夏休み。暑い盛りの午後3時ごろ。自分の部屋にひきこもってばかりだと健康に悪いからオデコの部屋へやってきていた。オデコはどこかへ行っているようで、部屋にいるのは僕だけだ。冷房もついていない。エアコンの気温設定を見るとなんと27℃。こんなんでよく過ごせるなあ、と思いながらピッとエアコンをつける。22℃に設定っと。僕はオデコのベッドに横になりながらうとうとしている、そんな時だった。一階から猛烈な音を立てながら上がって来るものがいる。ドッドッドッド。これはオデコの階段を駆け上がる音じゃない。もっと重い何かだった。そのままの勢いで扉が開いた。

「おい、森!」

 オデコの父親だった。名前は知らない。どうやら怒っているらしいが、いつもこんな風に怒っている。というかいつも怒られている。怒っているところしか見たことない。

「おや、オデコのお父さん、こんにちは。ご機嫌麗しゅう」

「全然、ご機嫌麗しくないだろ! お前オデコのなんなんだよ!」

「そうですね、一言で言えば許嫁ですかね」

「いや、全然違う! お前にオデコは死んでもやらん!」

 鼻息荒く、いのししのように猛っている。暑苦しい。

「いままで大事に大事に育ててきた娘を…………」

「どこを大事に育ててきたんですか」

 僕は割って入った。

「そりゃもちろん、胸だよ。胸。大きくなあれ、大きくなあれ。と赤ちゃんのころから願ってきた」

 確かにオデコは巨乳になった。親にそんな風に育てられてきたんだなあ。確かに胸が大きければ将来は安泰だろう。巨乳好きの男にはモテるし、風俗でも有利だし。なんてったって胸が大きいだけで目立つからな。

「もう大事な大事な農作物みたいなもんだ。スイカやメロンみたいに大きいお胸になれって祈り続けてきた。そして15年かけて大きくなった。そんなお胸の大事な娘の彼氏がお前みたいな、ぼんくらなんてありえないだろう」

「すみません、ぼんくらで。お義父さん」

「いや、誰がお義父さんだ。何彼氏面しているんだ! 俺はオデコならいいとこのぼっちゃん、政治家とか大金持ちとか行けると思っている。お前みたいな害虫から娘を守ってやらねばならん」

「でも実際に守っているのは僕ですよ。学校のもっと訳の分からないヤンキーとかから。田舎の美人ってのは訳の分からんヤンキーにシングルマザーにされるのがオチですよ」

「し、シングルマザー?」

 お義父さんは急に恐ろしいものを見た顔になった。わかりやすく狼狽している。

「いや、うちの娘に限って、いや。そんなこと」

「でも僕なら大丈夫ですよ、お義父さん。オデコを一人にさせません」

「だから誰がお義父さんだ! 娘は持ち前の大きいお胸で新しい男を作るに決まっている!」

 妄想を吹き飛ばそうと大きく腕で振り払っている。

「俺がどれだけ大事にしてきたか、わかるか? お胸が大きくなるには鶏肉がいいって聞いたからなるべく鶏肉を食べさせるようにしてきた。頭がよくなると聞いてピアノをやらせようと思ったが、ここは浜松だしエレクトーンをやらせた。男に慣れさせるためにお前みたいなクズでも男は男だと思って、友だちをやめろとは言わなかった。それでもそれでもシングルマザーになるようなら俺は俺は……。オデコを妻にめとって俺の子どもを産ませる!」

 どうやら錯乱状態になってしまったようだった。

「でも、オデコはお義父さんとセックスしてくれますかね」

「むしろ喜んでくれるだろうな。涙を流しながら『本当はお父さんと結婚したかった』って。俺もそれを見て勃起しちゃって、男と女の関係に陥ってしまう。妻からは『誰の子どもなの!』なんて言われると罪悪感がわいてしまうだろうな」

「二人だけの秘密……と」

「そうだ、できた子どもにも内緒だ。お父さんは遠いところに行ってしまった。これからは俺がお父さんだって言うんだ」

 頭おかしい。乗せておいてなんだけど、この人普通じゃないな。

「大事に育ててきたオデコのおっぱいを食べるのは俺だと言いたいわけですね?」

「ああ、本当は誰にも渡したくない。俺の子どもを産んでくれ。セックスしてくれオデコー!」

 お義父さんは泣き崩れてしまった。なんというか自分の欲求に素直な人だな。ここまで自分の娘に欲情できるとは。僕でももうすこし控えめなのに。

「でもその子本当は僕の子ですよ」

「そんなことありえない!」

 立ち上がって僕の肩を揺らし始めた、お義父さん。涙を流している、酔っぱらっているのか?

「誰がお前の子どもなんか産むんだ。このクソ! 殺してやる!」

 首を絞めてくるお義父さん。目が本気だ。僕はふりきろうとしたが、なかなか振り切れない。二人ともベッドの上でもみくちゃになった。ベッドがぎしぎしと鳴く。


「ちょっと二人ともなにしているの! 人のベッドで!」

 と、そこに救世主が登場。この部屋の主、オデコ様だった。薄ピンクのカットソーのTシャツとジーパンを履いていてとてもオシャレだった。

「いい夏服だな。オデコ」

「ありがとう。でもなにしてるの二人とも」

「いやちょっとな、二人で議論が熱くなってしまってな、ははは」

 お義父さんは僕の上でケツをオデコの方に見せながら弱弱しく返事をした。

「熱くなって、セックスの話で盛り上がったんだ」

 僕は平熱で言った。オデコは呆れた顔をした。

「そう、じゃあ別のところでやってくれる? 人のベッドじゃなくて。気持ち悪いから」

「ははは、そうだな。じゃあお父さんは下に降りるよ」

 そう言うとスタコラサッサといなくなった。

「ふう、助かったよ。オデコ」

「『ふう、助かったよ。オデコ』じゃない。あんたもベッドから出なさい。何この部屋寒すぎなんだけど」

 オデコはエアコンのリモコンを手に取った。

「22℃!? はあ……」

 ピッピッピッピッピ。エアコンは静かになった。

「なあ、オデコ。もし君がシングルマザーになったら、僕の子どもを産んでくれないか」

 するとオデコは無表情のままこちらに近寄ってきて、僕の腹部を鋭く蹴った。それが3回ほど続いたころ、外は影が落ちてきていた。

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