ちんまけ~

 寂しい! ママ! 

「ママー!!」

 僕は歩行者天国のにぎわいの中でママを求め、さまよいはじめた。

「ママ、ママ、ママ、ママ、ママー!」

 どこにもいない、薄暗い道路をぽつぽつと歩いていく。どうしようもなく寂しい気持ちと安心を求める気持ちで、心臓が縮む。

 鮮魚店に売っている魚の中、牛丼チェーン店の中、暗くなりはじめた空の上、友だちにだまされた過去。どこにもいない。どこにいってしまったのママ!

 そこに現れたのはセイコだった。

「ママ!?」

 白いワンピースを着たセイコは明らかにママだった。

「ママー!」

 僕はセイコを強く強く抱きしめた。きゃしゃで薄い。あたたかくて柔らかい。

「どうしたの?」

 セイコは優しくほほ笑んでくれる。

「ママ! ママ? ママー!!」

「もうしょうがないなぁ」

 セイコは僕の頭をかすめるように撫で続けた。

「よしよし」

「ママ、ママ、ママ、ママ」

「よしよし、ママですよー」

 さらに強く抱きしめる。ママの温もりが心臓まで沁み渡る。

 僕はママをようやく見つけることができたのだ。 



 細江神社方面から歌声が聞こえる。まだ歩行者天国は終わっていない。そもそもこの歩行者天国は細江神社の祇園祭にあわせてやっているらしい。祇園祭って京都だけじゃなかったんだな。歌の出どころはどうやら公園山の方らしい。どこかで聞いたことのある女の歌声だった。きれいな声ではない。そしてなんかバンドの演奏も聞こえる。その音が何だったか気になって仕方がない。僕はその音の方向へ向かった。

 カルペディエムの前に陣取っていたのは、あのキャトルフィーユだった。みんな真っ赤な着物みたいなものを着ている。カフェの前に即席のライブ会場を作り、20人くらいの前でちょっとした台の上から演奏をしていた。そこにはエルの後姿もあった。



 ちょいと仕事のできる クロワッサン女子 恋も仕事も敵なしよ

 甘い声とお酒に酔いしれたら エレベーターは上を目指すの

 大きい窓から 輝く アンダーグラウンドに 身を任せたら

 みだらな ホップ ステップ ジャンプ 私を殺して

 ちんまけ~(まけまけ~)ちんまけ~(まけまけ~)

 私は ブリ あなたの刃がキラリ と光る

 ちんまけ~(引用~)ちんまけ~(参照~)



 こんな歌を歌っていた。よくもまあ、女子大生がこんな生臭い、全然鮮魚じゃない、腐った魚、目の死んだ魚みたいな歌を歌えるもんだと感心した。ファンらしき人たちはまけまけ~のところで頭の上に屋根みたいな手の形を作っていっしょに盛り上がっていた。奇ッ怪な宗教会場と化していたカルペ・ディエム前で僕はぼうぜんとしていた。僕も大概変人だと思っていたが、世の中にはもっとすごいのがいるもんだな。上には上がいるということか。

 することもないから僕はそのライブをじーっと流し見をしていた。


以下 戦後の人物の名前が入っていたので 自粛




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る