歩行者天国

 僕は自分の部屋からすこし離れたオデコの家を見ていた。オデコの部屋に明かりがついている。僕はオデコがいつも何時に寝るか知りたい。オデコの生活リズムを全てを知りたい。あ、今日はいつもの10時じゃなくて10時半になっちゃったな、なんでそうなっちゃったんだろう、オナニーでもしているのかな、なんて想像する。そして電気が消えると「今日もお疲れさま」と言って僕も同じタイミングで電気を消すのだ。同じタイミングで布団に入るといっしょに寝ているようで布団がさわやかになり落ち着くのだ。

 ところが今日は6時ごろに電気が消えた。ふと玄関の方を見てみるとオデコが赤いハイビスカスの模様の浴衣を着ている。艶めかしい。そうか、今日は歩行者天国の日だ。道路を借り切ってお祭りのようなことをする。どうりでいつもよりあたりが騒がしいはずだ。僕はさっそく、オデコの元へと向かった。


「なあ、オデコ」

 僕は私服で話しかけた。

「あら、こんばんは」

「こんばんは、もしかしてこれから歩行者天国に行くのか?」

「そうだけど、なに?」

「僕も一緒に行くよ」

 オデコはぎょっとした。ここまでは想定内だった。

「友だちと行くんだけど」

「オデコ、そのハイビスカスの浴衣、めっちゃ似合ってるな」

「ありがとう」

「友だちと一緒だとしても僕も行く」

「ダメだけど」

「いや、一緒に行く。友だちもきっといいって言ってくれるよ」

「そりゃ言うかもしれないけど、心の底からいいって言うわけないでしょ」

「じゃあ、友だちのところまで一緒に行く」

「あのねえ……ダメ! なんて言ってもダメ!」

「いや! ついて行く! 僕もお祭り参加したい!」

「はあ……絶対嫌がるよ2人とも」

「その時は僕とオデコでお祭り楽しもう」

「やだ」

 そんなこんなで僕とオデコは歩き出した。浴衣は歩幅が狭いから僕もオデコに合わせてゆっくり歩いた。待ち合わせ場所は細江神社前。


 しばらく無言のまま歩くとすぐに神社の前に着いた。待っていたのは同じクラスの女子2人だ。男じゃなくてよかった。2人とも浴衣を着ている。

「やあやあ、麗しいお嬢さんたち。こんばんは」

 僕はおどけていった。

「あれ、森君こんばんは。どうしたの?」

 女子その1が不思議そうな顔をしている。

「いや、オデコにどうしても一緒に行こうって誘われてさ」

「言ってない」

「そ、そうなんだ。だいたい事情は分かった」

 その1は苦笑いをした。

「無理やりついてきたってことね」

 その2が小言でつついてきた。

「僕も仲間に入れてくれよー。ひとりじゃ寂しい」

 2人とも困ったように顔を見合わせた。まずい。

「2人とも浴衣似合ってるな。これじゃナンパされまくっちゃうだろ。困っちゃうだろうなー。誰か男の人1人でもいればそんなことなくなるのになー」

 僕はさりげなくアピールした。

「確かに」

 その1は僕の話に乗った。

「でもそれが目的なとこあるじゃん?」

 その2はアバズレ。

「ごめんね、2人とも。あたしがこんなやつの幼なじみなせいで」

 オデコはおいおいと泣き真似をした。

「まあまあ。しょうがないよ。確かに」

 僕は慰めてあげたし、同意もしてあげた。なんだかんだ和気あいあいとしていて居心地は悪くない。女子3人は僕の前を歩きはじめた。みんな僕よりも小さくてうなじがとてもきれいに見える。歩行者天国というより夏祭りの陽気で、人々は笑顔を振りまいている。出店がちょろっと立ち並び、かき氷やわた菓子なんかも売っている。この暑さ、夏だな。どおりでクマゼミもシャーシャーうるさいわけだ。僕はすぐに汗をかいた。それがだんだん気持ち悪くなったころ、だいたい歩きはじめて5分くらいたったころ、僕はこの歩行者天国に飽きた。


「ねえ、歩行者天国飽きたよ。帰ろうよ」

 3人はほぼ同時に振り返った。

「は?」

「え?」

「ん?」

 みんな見返り美人だな。

「いや、だからさ。飽きた。帰ろう」

「あんたひとりで帰んなさい!」

 オデコはちょっと語気が荒かった。怖い。他の2人はそんなオデコにひいてしまったようだ。

「いや、ひとりで帰ったら寂しいじゃん。もし、僕がいないところで楽しいことがあったら嫌じゃん。だからみんなで帰ろう」

「馬鹿じゃないの? あのねえ、まだ着て1分もたってないわよ!」

「それは言いすぎだろ。さすがに5分はたってる」

「うん、言いすぎ」

 その1が同意してくれた。

「あなた、どっちの味方なのよ……」

 オデコは頭を抱えてしまった。

「飽きた、飽きた、飽きた、飽きた、飽きた。帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい、帰りたい」

 僕は道路に寝そべって駄々をこねた。

「だからひとりで帰ればいいでしょうが!」

 オデコもどんどん語気が強くなる。僕は負けない。

「やだやだやだやだやだ。帰る帰る帰る帰る」

「あーもう。わかった。じゃあいったん解散しましょ」

 その1がしびれをきらして言った。いったん? 僕は目ざとくその一言を聞き逃さなかった。

「はいはい。わかった。じゃ、またねみんな」

 その2はそそくさといってしまった。

「ごめんね。馬鹿が馬鹿で」

 オデコは申し訳なさそうにした。

「まあ、そんな落ち込むなよ。じゃあ、オデコ一緒に帰ろう」

「絶対にイヤ!」


 それぞれがバラバラになっていった。でも僕は考える。確実にあの3人は僕を除いてまた集まるだろう。その1が言った『いったん』は、こいつをまいて後で集まろうのサインに違いない。僕はその1を尾行した。げたをからから鳴らしながら移動するその1は、たやすく後をつけることができた。スマホをいじりながら笑っている。しばらく人通りのない小道を進むと大通りの交差点にでた。そこにはオデコとその2が待っていた。


「おまたせ~」

 その1はさっきまでとは打って変わって明るい声になった。

「大丈夫そうね」

 その2があたりを見渡し言った。

「さっきはごめん~。これから楽しもうね」

 オデコもはつらつとした声になった。


 そう、こいつらは僕にうそをついたのだ。解散するとは言ったものの僕は省いてまた集まりこの風情に満ちあふれた歩行者天国を満ち足りるまで味わいつくそうとしているのだ。こんなことが許されるのだろうか? 否! ぼくは、わっと3人の前に姿を現した。

「ひぃ!」

「なにっ!」

「つけられていたのか!」

 3人はひどくおののいた。

「おまえら、なんでまた集まってるんだ。さっきは僕がわがままを言ったせいで解散になった。それは仕方がない事だ。しかし、いまは違う。お前らは僕に嘘をついた。僕は悲しい。うそはいけないことだって教えられてこなかったのかな。僕がひとりで寂しい思いをするなんて考えなかったのかな。さっきまでは君たちは被害者だった。でもいまは違う。僕はこんな裏切りを受けるなんて思わなかった。許さねえ!」

「逃げろ!」

 3人は浴衣姿のまま逃げた。馬鹿な奴らめ。浴衣は歩幅が狭くなっていることに気づいていないのか。

「ハッハッハ。どこまで逃げ続けることができるかな」

 僕は軽いジョギング程度の速度でおいかけた。

「このままじゃ追いつかれちゃうよ!」

「迎え撃つしかないのか」

「あたしにいい作戦があるよ! みんな散って!」

「「了解」」

 3人はバラバラに逃げた。クソッ。これだと1人しか追えない。仕方がないオデコを追うぞ!

 僕はハイビスカス柄の浴衣を着た女を追いかけた。フヒヒ。捕まえたらどんなことをしてやろうかな。『覚悟』できてるんだろうな。

「おせえ、おそすぎる。なあ、オデコもう追いついちまうぞ。お前らの作戦もこれまでだな」

「それはどうかしら」

「なにぃ!」

 停めてあった車の陰からその1と2が突然現われた。こいつら逃げてなかったのか!

「いまよ! トライアングルアターック!」

「いままでの恨み!」

「これでも食らってきな」

 ぐわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。

 僕は妨げられ光の届かぬ世界は常に残酷な戦乱と慟哭の渦の如き闇のヘルジャッジメントを受けて人類はなぜ戦いを求めるのか、闇の中にある1万年の夢の終わりを食らいました。

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