笛吹き男
今日は地域の避難訓練の日だ。まぁ静岡の海側だからいろいろとあるわけで、おおよそ地震と津波の対処方法なのだろう。僕は悪知恵を働かせるため、避難訓練の集合場所であるちょっと高台の細江神社の左のコミュニティーセンターに向かった。
朝10:30、早い時間だったけど人は、まあまあいた。やっぱり子供会に入ってる小学校低学年の子とその親らしき人がまばらにいた。しめしめカモだぜ。と、どういうわけか大きいお姉さんのセイコもいた。まあカフェが神社を挟んで逆側だから来たのかな。日曜日のきれいな日差しの中で田舎特有のゆるいざわざわ感があった。僕は私服で篠笛を持って、やってきていた。僕の憧れの人はハーメルンの笛吹き男。子どものころから好きで好きで仕方がなかった。丁度、篠笛を習っていたからより憧れが強かったのかもしれない。でも、本場は縦笛だけど。
大分集まってきたころ、僕はにわかに篠笛を吹き始めた。
ミレミレミレミ ソラーシラ ミレミレミレミ ソラーシラ ラーソーラーシー
これは僕がお祭りの山車のとなりで吹いてた曲だ。すると子どもたちが「知ってるー」と言いながら駆けよってくる。僕は笛をしばらく吹いたままにしていた。大分、子どもたちが集まったところで、僕は出発した。細江神社わきの道を降り、商店街がある姫街道を西に進む。子どもたちは笑顔でついてきていた。親たちもそれを遠くから眺めながらやってきている。僕はそつなく篠笛を吹きながら子どもたちの歩幅に合わせながら歩く。気賀駅前の通りを出たところを気賀駅の方面に進む。そして無人駅である気賀駅のちかくにある踏切を渡りそのままの通りにある緑豊かな木漏れ日の幼稚園の前を通った。ここまで来ると不審に思った親が子どもを引き連れ帰ろうとする。だけども、子どもたちはみんな陽気に歩いているため、駄々をこねて嫌がったりしている。春は桜でいっぱいの堤防を登り、都田川の河岸にやってきた。ハゼを釣るため竿を振っている子どもたちがいる。大地震が起きたらこの都田川なんてあっという間に波に飲まれるだろう。心の奥底で僕はニヤニヤしていた。なんて言ってみんなを怖がらせるか「ハーイ、みなさん。ほんとは地震が起きた時こんな風にしたら死んじゃいますよー」なんてどうだろう。軽率な感じがいい味を出していると思う。「みんなー。このままだと死んじゃうよー」もNHKの体操のお兄さんみたいな感じでいいなぁ。ついに河川敷までたどり着いて僕は振り返る。
「ねえ。みんな。本当はね、地震が起きたら川に近づいちゃダメなんだよ。僕は悪いお兄さんだから、ついついみんなを川に連れてきちゃったんだ」
そう言うとざわざわしていた子どもたちが急にしずかになった。
「アッハッハッハ」
僕は笑いがこらえきれなくなった。途端に泣きじゃくる子どもたち。親たちは僕を罵倒して詰め寄ってくる。それがもうおかしくておかしくて。のんきに笛についてきたと思ったら殺されるハメになるんだからおかしくって仕方がない。悪趣味だの、どこの誰だの、と言われても騙されたことには変わりないんだよね。
「ねえ。森君」
「あ、セイコ。ようこそようこそ」
「底意地悪いよ」
めずらしく怒っている。セイコはいつもにこやかで華々しいから怒ってる顔なんてレアだなあ。
「怒ってる顔もかわいいよ。セイコ」
「そかなー」
すぐに口角があがり笑顔になった。そんな6月のぼんやりした日曜日だった。
*
妹の部屋からなにやら大勢の声がする。2階には2部屋しかなく、あとはトイレがあるだけだ。今はもう夜中の11時を回った夜更けで、友だちなんか泊めてもいない。まあ、元々妹なんていなかったのだから幽霊みたいなものなんだけど、さすがに気になってしまう。僕は暗い廊下にひっそりと出て、妹のクミコだかレイコだかの部屋に忍び足。ドアは完全に閉まっており部屋の中に話し声が響いている。
「あのねえ、クミコ。わかってる? 兄さんは私達のことを女として見てないのよ?」
「わかってるよー。でもさ、レイナちゃんだって振り向かせられてないじゃん? ねえ七七五ちゃん、七二三ちゃん。なんか言ってやってよー」
「お兄は、オデコとエルとセイコしか見ていない。私達に課せられたミッションは不可能なんじゃないか」
「早く妹萌えになって欲しいな。おどすしかないのかな」
「おどすって?」
「いのちを奪うしかないって」
「いいね!」
アクセントはすこし違うが一人の声しかしない。いや、おかしい。あきらかに複数人いる気配がする。しかも僕を殺そうとしている。恐ろしい。僕は思い切って妹の部屋に飛び込んだ。
バン!
誰もいない。真っ暗なうえ荷物も何もない。ベッドもないしカーテンもない。窓の外には暗闇の気賀が映るだけだ。僕は思わず「あれ」と言ってしまった。もしかして最初から妹なんて存在してなかったのかもしれない。なんか統合失調症で、妹のようなものが見えていただけなのかもしれない。ん? そうかもしれない。よくわからない、知らない。心が病んでいるのかもしれない。そうだ、こんな夜更かしするから頭がおかしくなるんだ。さっさと寝よう。そう思って自分の部屋に戻ろうとしたとき僕は見た。階段の手すりの上に妹の首から上があるところを。僕を真ん丸な目で見たいたところを。スっといなくなったが、あれは確かに妹の顔だった。こえーよ。僕はばっ! と急いで階段の方へ向かった。ドンドンドンドン、と階段を降りる音がする。この真っ暗な中、何者かがいる。僕は急いで階段の明かりをつけた。そこにはもう誰もいなかった。ハアハアと息があがる。
「どうしたの、お兄ちゃん」
その声と同時に2階の明かりがついた。そこにいたのは眠そうに顔をこすりながらパジャマ姿の妹がいた。
「どこから出てきたんだ?」
僕がそういうと妹は「え~」とめんどくさそうな顔をした。
「どこって私の部屋からに決まってるじゃん。んも~。変なこと言わないで」
「いや、だってあの部屋何もなかっただろ」
「あたしの部屋! もうお兄ちゃんってばそんなことも忘れちゃったの~」
「いや、たしかに誰もいなかった、何もなかったはずだよ」
僕は妹をどかし、部屋を見た。ベッドやカーテン、かわいらしいぬいぐるみもある。お兄ちゃんLOVEと書かれたハート型のクッションもあった。
「もうおかしいよ~。変なお兄ちゃん」
「おかしいのはお前だよ! 誰だ! お前は!」
僕は思わず声が大きくなった。
「あたしはクミコだよ~」
「レイナやナナコやナツミじゃなくて?」
「誰それ~?」
僕はクミコをにらんだ。クミコは不自然なくらいニコニコしている。でもその笑顔はくったくなく、柴犬のようだった。たしかにおかしいのは僕かもしれない。そもそも僕もすこし眠くて、正常な判断ができていないのかもしれない。もしかしたらすべて幻想だったのかもしれない。外的要因に固執しすぎていて本当は内的要因だったのかもしれない。
「ごめん、こんな夜遅くに変なこと言ってさ」
「いいよ~。お兄ちゃんも疲れているんだよね」
「そうかも、さっさと寝るわ。おやすみ」
「おやすみ~」
そう言って部屋に戻り、ベッドに足を入れると生ぬるい感触があった。誰かいる。布団をあげるとそこにいたのは丸くなっている妹だった。
「あ、お兄。見つかっちゃった。てへ」
あ~ん、いつの日か殺されちゃいそうだよ~。
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