恋愛敗北主義者

 前回のエルとのデートのあらすじ。

 エルは女子大生バンドキャトルフィーユと縁があってファンである。森君はエルからそのバンドのチケットを買わされ、ライブに付き合うこととなった。しかしそこで見たキャトルフィーユは決してお上品とは言えない内容の音楽をしていた。エルの案内でキャトルフィーユの楽屋に案内される森君。そこで放った一言がちょっとした騒ぎになることに。


「お前らはクソだ」

「ちょ、ちょっとメントくん。何言ってるの!」

 慌てて僕の口をおさえるエル。僕はエルの指をぺろっとなめた。しょっぱい。これがエルの味……。すぐさま手をしまってばっちいものを触ったように服で拭いている。

「クソですみません」

 赤が混じった黒髪の女がなめらかにひざをついた。

「な、なにしてるんですか。立ってください。こんなやつの言うことなんて聞かなくていいんですよ」

 エルは土下座した女に寄り添った。女はおでこをギリギリと畳にこすりつけている。

「ちょっと! ちょっと! 何がおうんちな訳!?」

 金髪のボーカルの女が立ってしゃしゃり出てきた。

「ハハハハ」

 茶髪の普通の女はウィルキンソンを飲みながら、すすら笑っていた。


 黒髪の女はじっとこっちをにらみつけている。一切表情がなく怒ると黙るタイプのようだ。


「別に演奏や音楽は悪くないよ。でも歌詞がゴミすぎる。なんだよ、あの歌詞の数々! 女心を歌っているんじゃなくてチン負けしてるだけのバカ女じゃないか。誰だよあの歌詞作ったやつ」

「私です。チン負けしてごめんなさい」

 土下座した赤髪交じりの女は、さらに謝った。

「チン負けして何が悪いの! 私たちは男の快楽にいつも負かされているの! あれが等身大の私達なの! 女子大生に幻想抱かないで!」

 金髪の女はヒステリックになった。

「別に抱いてないよ。お前らは恋愛敗北主義者なんだよ。だからクソ」

「恋愛敗北主義者です。ごめんなさい」

 さらに畳に頭をこすりつけている。

「だ、誰が恋愛敗北主義者よ! 誰が革命的恋愛敗北主義なのよ! 誰が恋愛革命的祖国敗北主義なのよ!」

 金髪の女はつばを飛ばしながら鬼女のような表情で詰め寄ってくる。

「恋愛ナチス」

 うしろで見ていた黒髪の地縛霊みたいになっていた女が僕を見てぽつりとつぶやいた。

「恋愛ヒトラー」

 またもやつぶやいた。目が合った。

「恋愛労働党」

 三度つぶやいた。

「だ、だれが恋愛ヒトラーだって! 誰が美大落ちだって! 僕は恋愛構造主義者だよ!」

「やめやめ! よくわかんないよ! なに恋愛敗北主義って恋愛ナチスって。ちょっと冷静になろうよ!」

 エルは間に入るように両手を仰いだ。たしかに言いすぎたかもしれない。

「たしかにちくちく言葉はやめにしよう」

「ちくちくしててごめんなさい」

 もう何に対して謝っているのやらわからない。

「元はと言えばあんたが最初に言ってきたんでしょうが!」

「ハハハハ」

 茶髪のお姉さんはまだウィルキンソンを手に笑っている。黒髪の女は地蔵にでもなったかのように何もうごかなくなった。

「たしかに。僕はもう死んだ方がいいかもしれない」

「あ、それあたしも死のう」

 金髪が同意した。

「生きててごめんなさい」

 土下座女も同意した。

「生きてて良かった! 君に会えて良かった!」

 エルは急に大声を出した。なかなか詩的なつっこみだと僕は感心した。


「改めまして。こちらがキャトルフィーユのみなさん!」

 エルは元気に彼女たちを紹介してくれた。

「えーっとまずヴォーカルのAkiさん」

 金髪の胆力のある女だ。僕の言葉に反論してきた。まあ、元気な女だったな。

「こんにちは。ボウヤ」

 小さな体なのに精いっぱい強がっている。

「どうも」

「続いてギターのシュンさん。作詞も作曲も担当なんだよ!」

「作詞作曲してごめんなさい」

 あの赤髪交じりの土下座ウーマンだった。たしかに根本にある”負け”というものに敏感なのかもしれない。

「でーこの人がこのキャトルフィーユのリーダーのお姉さん! ベースのちからさん」

「こんにちはー。森君だっけ。面白い子大歓迎よー」

「よろしく」

「最後にこの黒髪の子がドラムの10さん」

 特に何も言わない。そっぽ向いた。僕も名前を覚える気が無かったからとりあえず「どうも」と言っていた。

「ね! みんないい人たちでしょ!」

 ポジティブすぎる。きっと僕のいまの目は辛辣な感じだろうな、と自評する。愛想笑いのひとつも出てこない。これは好感度バク下がりだけどまあ、いいか。

「じゃあ、そういうことで」

 僕は面倒な顔合わせが過ぎてほっとした。あーあ。疲れた。さっさと帰って笛を吹きたい。今日は荒れるな。

「ちょっと待って! 今日のライブよかったです~!」

 エルは媚びを売り始めた。

「ありがと~。あとさエルちゃん」

「なんですか?」

「男はちゃんと選んだ方がいいよ」

「心に刻んでおきます」

「じゃあ、僕からもいいですか?」

「よくないけど」

 エルは不機嫌な声で言った。

「なに言ってごらん?」

 茶髪のお姉さんが挑発的な声になった。緊張感が高まり、すこし無言の時間が続く。どうしよう、何も考えずにただ悔しかったから「僕からもいいですか?」と言ってしまった。なにかウィットに富んだ言葉出てこないかなー。

「僕、ちんこ大きいです」

「帰ります。お時間を取らせてすみません! みなさんお疲れさまでした~!」

 エルに背中をグーパンされながら部屋をあとにした。



「格下だったな」

 僕は帰り道にそう切り出した。エルは何も話さない。不機嫌なのか先を早足で歩きこちらを見ようともしない。

「あれだったらエルの方がヒロイン力あるよ。エルの方がかわいい」

 手あたり次第褒めてみたけど、エルは無言のまま歩いていく。

「じゃ、私こっちに用があるからさよなら」

 エルのそっけなさは頂点に達している。

「エル」

 僕はエルの腕をがっちりつかんだ。びっくりしてエルは目を丸くした。そして静かな時間が流れた。

「エルあのな、言いたいことがあるんだ」

「なに?」

 明らかにご機嫌斜めだった。唇がとがっている。

「あのさ、あのさ」

 僕は真剣な顔をした。エルもそれにつられて真剣な顔になった。

「僕さ、僕さ」

「うん」

「ちんこ大きいよ」

「さよなら」

 僕らは別れた。

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