家族
突然だけど僕には家族がいる。父の森モーメントと母の森公美子だ。3人家族である。
「ただいまー」
僕はいつものようにドアを開け玄関に入った。
「おかえりー」
母の声が聞こえる。僕はさっさと制服を脱ぎたかったから2階にあがり自分の部屋に入った。
「おかえり。お兄ちゃん!」
「だ、誰?」
僕のベッドの上に見知らぬ女の子がいる。その子は小動物のようにかわいらしくて、ぽつんとベッドに座っている。中学の制服のブラウスを着ているためどうやら中学生なのはかろうじてわかった。
「どなたです?」
「またまた~。何を言ってるのお兄ちゃん。妹の九三五(クミコ)だよ!」
何を言っているのかわからない。
「いや、僕に妹なんていないよ! この前までの2万文字の中に妹なんていなかっただろ!」
「お兄ちゃん大好き!」
迫る妹と名乗るクミコ。そもそも親の名前が公美子なのに九三五(クミコ)とかおかしいだろ! 僕は持ち前のブラジリアン柔術でクミコと名乗る妹を投げ伏せようとした。が、腕を掴んだところなぜだか重い。こいつ……やる!
「無駄だよ、お兄ちゃん。私はジークンドー習っているから簡単には倒せないよ」
腕は細いのにこいつ……!
「母さん! 母さん! なんか部屋に変なのがいる!」
「変なの~?」
「妹だって!」
「いや、いるでしょ。妹のクミコが」
な、なに! そんな馬鹿な! 僕に妹なんていない! にもかかわらず、騙そうとしている?
「いや、どう考えてもいなかったでしょ。妹なんて」
「馬鹿なこと言わないの」
母親は呆れてものがいえないみたいだった。
「お兄ちゃんってば~冗談が好きなんだから~」
微笑む姿はちいさくて愛らしい。いや恐ろしい。何者なんだこいつは。
「お兄ちゃんのベッドって安心できるからわたし好き」
いや、いままでこんなやついなかった。存在すらしていなかったはずだ。僕の記憶が何者かに操られている? いやそんなことはないはずだ。だっていじられているなら妹が「いる」って最初から思うはずだし。そうだ、オデコ! オデコに聞いてみよう。オデコならきっと僕の気持ちがわかってくれるはず。
「ちょっとさ、オデコのところに行こうよ」
「どうして~?」
「僕はお前を妹だと認めてない。きっとオデコもそう言ってくれるはず」
クミコと名乗る妹は不敵な笑みを浮かべて「いいよ」と答えた。
*
「オデコさ。コイツのこと知ってる?」
オデコの家の玄関にクミコを連れて行った。
「知ってる。クミコちゃんでしょ」
オデコは即答した。
「ほら~! ね、オデコお姉ちゃん! 仲良しだもんね」
「そうそう確か昔から……昔からの付き合いよね」
ん? なにか様子がおかしい。何か考えかけていたのにはぐらかしたぞ。
「昔からっていつから?」
僕はいぶかし気に聞いた。
「昔は昔よ。あれ? 昔……具体的なエピソードはないけど昔からいたわよ」
「いや、おかしいだろ。具体的なエピソードあげてくれよ!」
「あのねえ。あたしも暇じゃないの。妹がいるかどうかなんてあなたが一番知ってるでしょ」
「いなかったんだよ! いままで!」
僕は明らかに興奮して声が大きくなってしまった。
「お兄ちゃん。私をいじめるんだ」
クミコは両手で目を隠しえーんえーんと泣き真似をした。
「相変わらず仲がいいのね。じゃ」
バタン。
「お兄ちゃん。これで納得した? 私が妹のクミコだよ」
そういえば妹がいたような気がしてきた。僕の記憶は間違っているのだろうか。そうだ! エル! 今度はエルに聞いてみよう。
「あ、エルちゃんからラインだ」
妹のクミコはスマホを見ながら言った。エルもダメか。そうだ! 最後の希望ことセイコならどうだ。僕らはカルペディエムに向かった。
僕はカルペディエムの扉を勢いよく開けた。相変わらず誰一人として客がいない。
「あ。森君いらっしゃーい。あれ……そちらの方はどなたちゃん?」
え? セイコはこのクミコのことを知らない?
「なあ、こいついままでいなかったよな?」
僕はクミコを指さしながら聞いた。
「うん、初見ー。初めまして丁字聖子です。セイコって呼んでね」
「またまた~。セイコちゃん、私だよ。クミコだよ! 久しぶり!」
大げさに前のめりになって顔を出すクミコ。
「えっとクミコちゃん? どこかで会ったことあったっけ」
「メメントの妹のクミコ! もう~知らないふりとかイタズラが過ぎるよ~」
「えっと森君って妹いたんだ」
セイコは明らかに動揺している。その動揺の仕方は演技じゃなく額からは大粒の汗がにじみでている。僕は黙っていた。
「悪い冗談はよしてよセイコちゃん。怒るよ」
「ごめん、私ってばあんまり記憶力が無くて忘れちゃってたみたい」
難しい苦笑いをしながら言うセイコの言葉は本物のようだった。
「いや忘れているんじゃない。本当に急に出てきたんだ。このクミコとかいう妹は」
僕は焦って言葉が出た。
「ひどい! ひどいよ、なんで二人して私をいじめるの? 妹がいることにどんな悪いことがあるの?」
「そうだよねー。妹がいるなんて楽しそうじゃん!」
セイコはいつもの、のんきな声で言った。
「だよねだよね! やっぱセイコちゃんはよくわかってるゥー!」
えへへとセイコは笑った。いや何意気投合してるんだよ。おかしいだろ!
「くだらない。帰る」
「また来てね」
「またね~」
僕は後ろを一切振り返らず怒りのまま帰路に立った。誰も僕の言葉を理解してくれない。もしかしたらと思ったセイコも馬鹿だから懐柔されてしまった。夕暮れどき僕は自分の家に入っていった。
「ただいま」
僕は意気消沈していた。
「あれ兄さん。おかえり」
そこにいたのはクミコだった。うしろを振り返ると確かにいたはずのクミコがいない。
「ん? クミコ? いつの間に抜いていたんだ」
「クミコって誰? 兄さん私は零一七(レイナ)だよ」
「ハ?」
母親が出てきて「おかえりメメント、レイナ」と言った。
「どこ行ってたの?」
「ちょっと色々とね。ね、兄さん」
「そうだな!」
あ~ん。僕は頭がおかしくなっちゃったよう。
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