キャトルフィーユ

 浜松駅周辺をぶらぶらしていると、ファミレスでエルが勉強をしているところを目撃した。相変わらずガリ勉だなあ。窓際の他人から見えやすいところで勉強するのがいかにも「私、勉強できますから」なんて言いそうなエルらしい。しょうがない、からかってやるか。僕はファミレスに入った。


「おまたせ」

 僕はエルの正面に座った。

「まってないけど」

 エルはするどいにらみをきかせた。

「はー、こんなとこでも勉強かい、頭が下がるね」

「本当にさげてよ」

「いやだが?」

「なにか用事でもあるの?」

「あのさー、好きな女の子を見かけたらついつい話しかけちゃうのは仕方ないだろ?」

「……前回会ったときのお金返して」

「やだ。あれおかしいな、デートのとき女にお金払わせると好かれるってやってたのに」

 エルはノートと参考書からわきめも振らず、

「それ、テレビでやってたの?」

「うん」

「テレビの言うこと信じない方がいいよ」

「わかった、エルのことだけ信じるよ」

 エルは無視して、せわしなくシャーペンをカリカリさせている。それから僕はじーっとエルのことを見ていた。地味なパーカーだし髪も短いから男の子に、ぎりぎり見える。これで隠れ巨乳だったら良かったんだけどなあ。実際はうすい。パーカーもぶかぶかだし。

「なんか喋ることないの? 勉強ばかりしちゃってさ」

「あるよ」

 あるんかい。エルはやっとこちらを向いた。

「なになにお兄さんに教えてごらん?」

「メント君ってバンドとか興味ある?」

「あー、操作するやつね」

「それはハンドル」

「じゃあ、『と』か」

「それはアンド」

「北海道でヒグマに襲われた大学のサークルか!」

「福岡大ワンダーフォーゲル部! もうなにもかかってないじゃん!」

「で、バンドがなんだって。そーいや僕、軽音部に入ったよ」

「えとね、これ」

 エルは机で見えないカバンらしきものをモゾモゾしはじめた。なんか紙を取り出し、渡されたのはなにかのチケットみたいなものだ。受け取って見てみると、なになに『女子大生バンド キャトルフィーユ』のライブのチケットだった。

「私の知り合いなんだ。結構有名なんだよ」

「へー」

 全く知らない。

「4人組でみんな美人さんなんだよ。憧れのお姉さんたちなんだ」

 女バンドとかメンヘラしかいないだろ。

「そいつらを始末してほしいという依頼か」

「始末してほしいのは、このチケットなんだ、一枚1500円! ね、買って!」

「えー、こんな紙切れ一枚に1500円は出せないよ」

「いや、本当にみんな美人さんなんだって! お願い! この前おごってあげたでしょ」

 なんでこいつ、僕の微妙なボケを無視するほど必死なんだ。でもいつのまにかこちらが優勢をとってる。いまならどんな願い事も叶えてくれそうだ。

「んー、どうしようかなー」

「それ、長くなる?」

「かなり」

「じゃあ、いいや。諦める」

 エルは失望と憎しみの目で僕を見ている。しょうがないやつだな。

「買ってやるよ。でもエルも来るんだろ?」

「うん」

「じゃあ一人だと心細いから一緒に行こうよ」

「いいよ、じゃ後で連絡するね」

「はいはい」

 あー、腹減った。僕は手をあげ、ウェイトレスさんを呼んだ。

「ペペロンチーノで」

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