笛を吹いていたらナンパされたくだん
僕は遠くを見ていた。たっぷりの川が流れているさらに先。浜名湖よりもっと先、駿河湾に向けて送る。かぜのさかなのうたを。(https://www.youtube.com/watch?v=3VApQcm8deY)
この流れがいく先の桜海老を育てているのは僕だ。
堤防にはたくさんのソメイヨシノが花を咲かせていた。ふんわり春だな。風も暖かく髪が乱れるくらい強い。僕は何かを感じている。将来、春を思い出すときこの光景を思い出すだろうな。しきりにふくぬるい風が僕の呼吸を助けてくれた。
「お〜」
その後パチパチと拍手が聞こえた。甘く人懐っこい声の主は続ける。
「ねえねえ、お兄さん。その笛吹くのかっこいいねー。なんだか声をかけたくなったよ」
女の声を僕は無視した。もう一度かぜのさかなのうたを吹く。
「いい曲だねー。なんの曲なの?」
「ゼルダ」
「へー、お兄さん、見た目は細マッチョなのにこんな繊細な笛も吹けちゃうなんてかっこいいなー」
「知ってる」
「好きになっちゃいそ」
「嘘つけ」
このナンパしてきた女は丁字聖子(テイジセイコ)だ。一緒に篠笛を習ったひとり。腰まである長髪が風になびいている。抑える仕草は、高校生とはおもえぬほど大人っぽく見えた。普段は隠れている耳も髪も揺れる中ですこし見える。笑顔はまぶしくどこか儚げだ。僕がいままで会ったことのある中で一番美人。
「ねえねえ、今度はなにを聞かせてくれるの?」
「今日はもう終わり」
「え〜なんで? もっと聞きたいよ〜、アンコール、アンコール」
「ない」
「ちぇ」
僕はこの場を去ろうとした。がセイコに腕をホールドされてしまった。
「久しぶりなんだから話そうよ」
コイツの話は、8割楽しくない。きっと今日も心が重くなる話をするに違いない。
「じゃあさ、なんか楽しい話ある?」
「あるある~。毎日挨拶するくらいの仲だった40歳くらいのおじさんに急に告白されてさー」
もう楽しくない。頭が痛くなってきた。僕は大きく頭を抱えた。
「それは40のおっさんが私みたいな女子高生に恋するとか甚だおかしい、みたいな話ですか」
「違う違う、私は好きって言われると好きになっちゃうんだよね」
「おい、断れよ。危なっかしいなあ。おまえ都会に行ったらAV出るタイプだぞ」
「もちろん、断ったよ」
「それならいいんだけどさ」
その後しばらく幼なじみ特有の沈黙が訪れた。特に会話が無くても心が通じ合っているっていうのかな。雪がしんしん降っている日のよう。
「私が歌うから、伴奏してね」
「急だな」
「あ~、あ~。ううん。いくよ。たとえばきみがーきずついてー」
「きずついて~」(https://www.youtube.com/watch?v=TmG9uDoGztw)
僕はハモった。セイコは歌うことをやめずにビリーブを歌い続けた。僕は途中からめんどくさくなってハモるのもやめた。歌うセイコの横顔をしばらく見つめていた。川に向かって歌うセイコはなかなか様になっている。全て歌い終わったセイコに僕は言った。
「好きだ」
「え〜、えへへ」
セイコはこちらを振り返って笑った。夕陽で顔が赤い。
「えへへ、じゃねーんだよ。断るんだよ。僕に余計な理性を使わせるなよ」
「だって~」
セイコはまた笑った。こいつどうしようもないな。
丁字聖子は、定時制高校に通っている。あまり裕福な家庭に育っておらず、昼間は働いているらしい。歌うことが好きでいつも鼻歌を歌っているような奴だ。お気楽でいいがかなり危なっかしいたりゃありゃしない。
「ねえ、森君」
「なんでしょう」
「胸、触る?」
「さ、さわんねーよ! なんだよいきなり!」
思わずセイコの胸を見た。決して小さくなく、2つの膨らみがしっかりと淡い桜色の春服の下から主張している。思わず拒否ってしまったけど触りかただよな。「はい」って正面向かれるとやだけど、うしろからさ脇の下通ってさわるなら、セイコの髪のいい香りをかぎながらなら、おしりに股間をすり……、これ以上はやめとこ。
「だって~楽しい話っていうから~」
セイコはいたずらな表情を浮かべた。
「それ、まさかいろんな男にやってないだろうな」
「どうだろうね~」
「しょうがないやつだな」
僕は胸を触るのを断ったのが申し訳なく感じてセイコのお尻を触った。スカート越しだけどとてもやわらかかった。
「あ~、お尻触った~」
「スカートにゴミがついてただけだよ」
「本当に~?」
「本当に」
「じゃあ、しょうがないね」
しょうがないのか?
セイコは急に遠くを見た。まだ話し足りないようだ。つまんない話の予感。頼む、軽い話にしてくれ! セイコはゆっくり話し始めた。
「私、喫茶店で働くことにしたんだ」
「うん、なんてお店?」
「カルペ・ディエムってお店」
聞いたことが無いお店だ。
「どこにあるの」
「えーっと神社のちかく、少し高台のところ」
「ふーん」
「小さい喫茶店だけどいい雰囲気なんだよ」
「そうなんだ、まあ、暇があったら行ってみるよ」
「うん、絶対に来てね」
こんな感じの気の抜けた春の放課後が過ぎていった。
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