第7話 ひとりぼっちしないでよ

  周りを見れば急いで大人になっていく

  この日々からは抜け出せないの?

  怯えることしかできないよ


  遠くを見たら何かが違って見えるかな?

  空回りするどうしたらいいの?

  逃げ道探して目を逸らす


  不安や孤独で心細いとき

  寂しくて寂しくて温もり求めてた


  Sing a song

  ひとつの歌を歌いはじめた

  Sing a song

  やり切れない思いを全部抱きしめて

  少しでも紛れるように 僕はSing a song



 初有料ライブだ。カフェ三日月に、久しぶりのライブを見にきた。竹雅充知に、今日のはすごいから来た方がいいよと言われて、田口慎太郎、長谷川優弥、弓原莉里、菜野来実、白戸沙依加、俺、高松翔、ひとり二千円を払った。白戸沙依加は今、優弥が仲良くしている女の子だ。弟キャラな優弥は、女の子によく可愛がられる。おしゃれだし、なおさら、興味を引くようだ。ただ、選り取り見取りはいいけれど、もっとちゃんと、相手のことを考えたほうがいいような気がする。お互いに傷つくだけになったら、悲しすぎる。

 ボイトレスクールの貸切ライブで、基本は出演者がチケットを配るらしい。けれど、カフェでの開催ということで、当日チケットを店頭で販売している。充知さんに、あたしはカフェのスタッフだから、無料で見れるんだと自慢された。俺のバイト先のイタリアンでも、こんなことできたら言うことない。

 ステージ前の椅子やテーブルは撤去されて、先頭位置には、腰の高さほどの柵が置かれている。他の席はそのままで、座ってコーヒーなど飲みながらゆっくりと見ることができる。いつもより、照明も暗くなっていて、オシャレなカクテルや、エールビールなどが似合いそうだ。

 そして、今歌唱中なのが、深月奏音みづきしんとだ。大きいしんとってことだよね? 後で色々話を聞こうと思う。と、その前に、ライブを存分に楽しまなくてはもったいない。

 子どものしんとの声は、綺麗で混じりっ気がなくて、素直だ。それに対して、大きいしんとは、綺麗な声はそのままで、オシャレで、伸び代がハンパなくて、地声を効かせている。少しハスキーなところもあって、声だけで惚れてしまいそうだ。

 この曲はSNSで聞いていて知っている。まるで、今の自分の気持ちを歌われているようで、心臓に突き刺さった。恋のキューピッドの矢のように、愛しさが込み上げてくる。

「翔、あの子歌すごいよね?」

「ねっ? どうやったらあんな歌声で歌えるのか、知りたいくらい」

「翔だって、充分、うまいよ」

「カラオケならね」

 1曲目が終わり、MCが入る。

「初めましての方もお馴染みの方も、深月奏音です。大学1年のまだ18歳です。今日は、ライブに来ていただきありがとうございます。今の曲は、大学生になって、高校生のときなら何も考えずにやっていたことに、不安があったり、迷いがあったり、周りを見てみると、自分の目標を持ってキラキラ輝いてて……そんな自分の中にあるモヤモヤを歌にしだものです」

 さっきから、しんしん~と黄色い声援が聞こえてくる。まるでアイドルのライブに来ているかのように思えてくる。

「次の曲は、恋愛というか、相手を好きになって……知ってる人もいるんですけど、ぼくの恋愛って複雑というか、単純でもあるんですけど、難しいところがあるんです。今は何とは言いませんが、そのうちわかるかも? まあそういう思いを歌にしました。聞いてください、ひとりぼっちしないでよ」



  うそつきが心を洗う

  会いたくて苦しくて涙を零す

  逃げないで偽らなくていいから

  ずっとI will あなたを悲しませない


  まごころが心をさらう

  優しくて煌めいて隙間を埋める

  本当の強さを見せてくれた

  今ならI see あなたが好きだと



  泣きたいならいいよ

  僕が隣にいてあげる

  ここに来てよ いつでも

  ねぇ ひとりぼっちしないでよ



 鳥肌が立った。まるでカフェ三日月と深月奏音の歌声が、自分を吸い込んで、一体化したかのようだった。声の一部であって、空間の一部であって、全身が空中に、溶け込んでいたのかもしれない。不思議な感覚だった。

 歌が上手いのはもちろんだし、声もめちゃくちゃいい。いや、もっとだ。胸の中にむりやり流れ込んでくる。嫌な意味ではなく、むしろそれが気持ちいい。

 変な野郎に押し倒されることは、絶対にありえないけれど、突然出会った白馬の王子様に目を奪われて、そのままベッドイン的な……何を思っているのか、何で俺が男に抱かれる——充知さんの言っていたことを思い出した。『同じにおいがする』ブルブルと左右に顔を振った。

「どーしたの?」

「えっ? 何でもないよ」

「ねー、すごかったね。深月奏音」 

「えっ? う、うん。すごい」

 深月奏音の話題になるのは当然だ。けれど、なぜだか気まずい。変な妄想をしたからって、浮気をしようと考えたわけではないし……そう、その通りで、考えていただけだ。別に、深月奏音にキスされたいとか、抱かれたいとかあるわけないから。

 深呼吸をした。

 ステージの上で、手を振っている深月奏音を見ると、目が合った。一瞬、自分以外の時間が止まったかと思うくらい、何も聞こえなくなった。

「ねえ、いよいよトリだよ」

「えっ? あ、そーだね」

「さあ、本日ラストを飾るのは、カミュ遼樹」

「どーも! カミュ遼樹です! 最後まで見てくれた方、本当にありがとうございます! 深月奏音アイドルのようにカッコよかった。すげープレッシャーだけど、トリとしてかましたいと思います!」

「あれっ? あいつって前クラブでうるさかったやつだよな?」

 慎太郎が後ろから、俺の首をぐいぐい揉みながら、話してきた。

「えっ? あっ、あのときの! 確かに」

 この前、クラブに行ったとき、失恋したのか、かなりの酒を飲んでいたらしく、俺にめちゃくちゃ絡んできた。


『今日はどうしたの? ひとりなの? 寂しいなら隣に座るよ』

 バーカウンターで飲んでいたときだ。

『えっ?』

『モテるでしょ? 何人くらい?』

 ナンパか? とも思ったけれど、あのときは男にナンパされるはずない、と思っていたから、何となく話を聞いて、ROWを交換していた。連絡は一度もしていないけれど。


 奇跡としか言いようがなかった。クラブで話したときの雰囲気とは、まるで別人だ。カミュ遼樹の周りに、星屑がキラキラと輝いているかのように見えた。オーラってやつだ。声は芯が通っていて、奥行きがあって深い。でも、軽やかで聴いているだけで、心臓を鷲掴みにされたようだった。

 かっこいい、男前なハーフイケメンだ。連絡してみようかな? ……俺はまた何を考えているんだ。右斜め後ろから視線を感じて見てみると、充知さんがこちらを見て満足そうに微笑んだ。一応、笑顔を返しておいたけれど、どういう意味だろう? わたしの言った通りでしょ? とでも言いたいのだろうか? こんなことが頭にあるからか、余計とかっこいいメンズに目がいってしまう気がする。

 これ以上歌を聴いていると、おかしなことになりそうだったから、ひとまずトイレに逃げ込むことにした。

「ちょっと、トイレ行ってくるわ」

「歌、最後のあるよ」

「うん、すぐ戻る」

 トイレに行くと、誰かが入っていた。別に小や大がしたいわけではない、だから本当にする必要もないけれど、時間稼ぎだと思い待った。5分くらいかかってくれと思っていたら、すぐに水を流す音が聞こえた。カミュ遼樹のいい声が迫ってくるようで、できるなら、早くトイレにこもった方がいいのかもしれない、と思うとちょうどいい。

 ドアが開くと、出てきたのは深月奏音だった。

「あっ」

「どーも」

 軽く頭を下げて、そのまま立ち去ろうとするのを、呼び止めた。

「深月奏音」

「んっ?」

 子どもでも見るように、優しい目線で見下ろされた。見つめたまま、時間ときが止まりそうだ。頭を左右に振り、思考を現実に戻す。

「あのさ」

「んっ?」

 一歩二歩と近づいてくる。少し動揺してしまいそうなのを、深呼吸をして抑た。

「どーしたの?」

「あ、あのさ、かっこいいね」

 間違えた。全く抑えきれなかった動揺のせいで、心の声を言ってしまった。

「えっ? ありがとう。あっ、もしかして

ナイレン繋がってた?」

 ————。

「はっ? ナインレイ?」

「あっ、いや、違うならいいんだ。うん」

「うん、そか。じゃなくて、しんとのこと聞きたくて」 

「俺のこと?」

「んー、そうは、そうなんだけど、5才のほう」

「子どものときのこと?」

「子どもっちゃ子どもなんだけど……ほら、あの三日月の絵の中の」

「えっ? 三日月……まあ、あれは元々うちにあったもので、あっ、ごめんなさい。集合しなきゃなんで、また」 

「あっ、うん。ごめん」

 どうやら、ステージに全員集合するらしい。 


「さあ、本日はライブに足を運んでいただき、ありがとうございました。そして、こんなすてきな場所を提供いただいたカフェプルミエクロワッサンの店長、スタッフの皆さまありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「それではいよいよ、グランプリと準グランプリを発表したいと思います。拍手、お願いします。」

 司会の言葉に合わせて、拍手が響いた。

「ありがとうございます。それでは準グランプリを発表します。準グランプリは梶島きらり!」

 一斉に拍手をする。

 ステージの前の方に呼ばれ、マイク型のトロフィーを受け取った。瑞々しい歌声だった。何にも毒されていない、聞いているだけで、心が癒されていくような声は、涙を誘い、泣いている人が何人もいた。 

 プロ、テレビに出てアーティストと言われる人たちと何が違うのか、自分にはよくわからなかった。このままデビューしたっておかしくないレベルだと思う。

「そして、グランプリを勝ち取ったのは……カミュ遼樹! おめでとう!」

「ありがとうございます! すっっげー嬉しいです」

 拍手喝采だ。確かに最後、カミュ遼樹のためのライブを見にきた感覚だった。トイレにいても、ステージが見えているようだった。きっとアーティストになったら、トップにいくだろうし、歌だけじゃなくて、ドラマや映画に出ていそうな雰囲気がある。

「まだ終わりません! 本来ならこれで終わりなんですが、なんと、審査員の中で、こいつにも賞を贈りたいと意見が一致しました。なので、今回初めですよ! 審査員特別賞を設けました。えー、時間が迫っているということで、さっそく発表します。深月奏音! おめでとう!」

「えっ? 俺ですか? あ、ありがとうございます」

 驚いてはいたけれど、驚愕というよりかは、理解ができなくて言葉が見つからないという感じだ。冷静沈着とも見えなくはないけれど、絶対に前者だ。

「おっ、なかなか肝っ玉がでかいのか、それとも嬉しくないのか、それともびっくりを通り越しちゃったか?」

「えっ? いや、めちゃくちゃ嬉しいです!」

 勢いのいい司会者に、何となく自分に起きたことが理解できてきたようで、徐々に笑顔を見せる姿がかわいい……。

「深月奏音くん、いいでしょ?」

「うん。えっ?」

 隣に充知さんがいつの間にかいた。

「あっ、どうも」

「来実ちゃんだよね? よかったでしょ?」

「はい。みんなプロの歌手みたいにうまいんですね」

「そーだよね? わたしの推しは深月くんなの」

「わかるー。イケメンだし、身長高いし、それに声もかよって。あっ、ごめん。そーゆー意味じゃないよ」

 来実がやらかしたっ! って顔でこちらを見つつ弁解をした。

「別にわかってるし。まあ身長164センチの中途半端と、180センチ超えとじゃ、そりゃでかいほうがいいよね?」

 イジけるように、睨みを効かせて、来実を見た。

「もう、一般論だって。それにうちよりはでかいよ」

 決まった! とばかりに、満面の笑みでこちらを見ていたけれど、逆に傷つく……。

「来実ちゃん、逆効果だよ」

「えっ? ごめん」

 ため息が出た。

 最後に一悶着? あったけれど、ライブが終わり、外に出た。左手駐車場に、出演者やら友人やらファンやらが集まって喋っていた。

 充知さんに手招きされ、俺たちは駐車場に入って行った。

「お前、いいのかよ? さっきもだけど、充知さんと菜野ちゃん一緒にさせて」

 慎太郎がふたりを交互に見ながら、横っ腹を突いてきた。

「はっ? だから俺と充知さんは何もないの。変に勘繰るなよ」

「修羅場になっても助けてやんねーぞ」

「だから……」

「なになにどーしたの? 莉里が話聞くよ?」

「莉里、何でもない。そーだろ?」

 両手で手を握り合い。額をくっつけて見つめ合っている。どこにいてもバカップルさは全開だ。

「うん!」

 充知さんの隣には深月奏音がいた。

「今日はどうもありがとうございました」

「すっごいよかった、ねっ? ゆうちゃん」

「うん! 年下とは思えなかった。」 

 みんなそれぞれよかったよと一言ずつ、感想を言って、集まってくるファンから遠ざかった。俺は最後に少し話をした。

「あのさっきはすいません。ってかやっぱり俺、あなたのこと知ってるような気がして」

「しんとが……いや、すごいよかったし、感動した。また見にきます!」

 立ち去ろうとすると、左手を掴まれた。

「あの、ROW交換しませんか?」

「うん」

 まさかの展開だった。ROWを交換するなんて考えていなかった。でも、これでしんとのこと詳しく聞けるし、一石二鳥だ。……なんで?

 そんなことを考えながらファンの間を抜けて、みんなの待つ駐車場の外に行こうとしたら、また、左手を掴まれた。えっ? と思い振り向くと、カミュ遼樹がいた。ニンマリとした笑顔でこちらを見ていた。

「どーした?」

「クラブであった子だよね?」

「覚えてたんだ」 

「今日はありがとう」

 そういうと両手をがっつりと握られた。

「うん。歌、すっげーよかったよ」

「あのさ、俺と……」

 どーしたの? と、来実が小走りでこちらにきた。

「俺の彼女」

「はっ? ……そーゆーことね。ハハハッ、所詮、俺はひとりぼっちだよ……」

 ぶつぶつ小言を言いながら、ファンの人混みの中へと消えていった。

「あれって、グランプリ取った子だよね?」 

「うん、そう。たまたまいて、よかったよって言ったら感激してた」

「そっか、うちも話したかったな~」

 夜、そのまま充知さんと充知さんの彼女も連れて、8人で居酒屋に飲みに行った。充知さんと俺の関係が、疑わしいものではないと証明されて、安心した。それと、彼女さんとの出会いやら、バイセクシャルとして、どういう価値観があってとか、ストレートと何も変わらないとか、好きになる対象が男と女っていうだけとか、いろいろ聞けて、自分の心に突っかかっていたものが、すっきりした気分だった。

 自分はストレートだけれど、相手を思いやる感情や行動に違いはない。

 今日は自分家に帰った。来実が朝から授業があるのと、俺が早番で朝起きる時間が早かったから、お互い、自分家でゆっくりしたほうがいいと思った。

 

 寝ようと電気を消したときだった。スマホが振動した。見てみると、ROWのメッセージが2件着ていた。


 {今日はありがとうございました

  機会があればお茶でも行きましょう


 {名前は翔くんでいい? 

  今日は歌を聞いてくれてうれしかった

  知ってたらもっと翔くんに向かって歌ったけど


 深月奏音とカミュ遼樹だった。駐車場で少し話しただけなのに、まあ、後者はクラブで絡まれたけれど、それは置いておいても、大人としての常識ある対応だと思った。ファンサービスのひとつということも言える。それでも、メッセージが着て嫌な気持ちにはならない。


  今日は特別賞おめでとうございます

  しんとのことも聞きたいから

  お茶でも行きましょう}


  今日はグランプリおめでとう!

  翔であってるよ

  俺じゃなくてこれからもみんなのために歌ってくれ}


 目を閉じて、今日のライブを思い出した。歌っている姿、かっこよかった。俺だったら、ふたりともにグランプリをあげたい。これからどうなっていくのか、いちファンとして見守っていきたい。



 

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