三日月の光
第5話 夜の潮風に誘われて
「見て見て、できたの」
「えっ、何?」
完全に寝起きだ。と言っても、昼前になる。
昨日は、宅飲み会をここでした。ここは、彼女、菜野来実の家だ。一軒家ではなく、単身用のマンションだ。大学に通うために名古屋から上京してきた。まだ行ったことない場所だから、機会があれば行ってみたい。味噌がうまいらしい。
俺、高松翔、田口慎太郎、長谷川優弥、弓原莉里、瀬倉綾乃が集まった。瀬倉は優弥が最近仲良くしている女の子だ。この6人で朝まで飲んでいた。飲んでいたと言っても、ずっと飲んでいられるほど全員が強いわけではない。途中、寝ていたり、ゲームをしたりと終盤は無法地帯だった。
始発が出た頃に解散となり、各々帰っていった。俺はというと、彼女の家なので、帰らずにそのままソファーで眠っていた。
いつから起きていたのかわからないけれど、何やら工作をしているようだ。
「何作ってんの?」
「最初のところができただけなんだけどね」
「ふーん……写真?」
「そう、どう?」
「いいんじゃない?」
「そう?」
「うん。ってかさ、写真なら現像しなくてもタブレットでデコればいいんじゃないの?」
来実はデザインの学校に通っている。だからなのか、日用品など、家に置いてあるものを何かしら、デコっている。
今は6月だからと、クリアケースに紐やら、毛糸やら、折り紙やらで紫陽花ボックスと言って、なんちゃってハーバリウムを作って、キッチンに置いてあった。
「わかってないなー。タブレットとかでやれば、いくらでも綺麗に加工もできるし。でも、うちは、こーゆー生身ってゆうの? 本物の質感とかさ、ほら、触った感覚とかってわかんないじゃん」
「ふーん」
写真にただ文字やイラストを入れるだけじゃなく、ビーズやらラメやらを直接貼り付けている。自分にはそんな細かな作業はできないから、感心してしまう。
「はみ出てていーの?」
「そこがいいの」
スケッチブック1ページずつに、自分のテーマにごとに写真を飾っている。デコるため、その分の厚さを調節するように数枚間隔で用紙を切り取っている。地道な作業だ。でも、これも夢のための一歩ってことだよな? 常に来実は、自分自身の夢のために何かしらアクションを起こしながら、行動している。同じ年でカップルで、俺は何もできていない。
やりたいことはなくはない。でも、毎日に追われて手を伸ばすことが億劫になっている。今が楽しくて、充実していて、それで充分だから。まだ、20歳にもなってないクソガキには、将来を本気で考えることなんてできない。
……したくない、が正直なところだ。
♧ ♧ ♧
「着いたー、めんそーれ!」
「しんたろう、それは沖縄の人たちが言う言葉だよ」
「だって気分はめんそーれ!」
「もう、めんそーれ!」
何なんだこのバカップルは、と言いたくなるほど、気温以上に暑苦しい。別れたはずが、お互いの大切さを思い知ったとか何たらかんたらで、1週間もしない内にモトサヤだ。まあ、よかったと言えばよかった。慎太郎が振られて、気分を晴らすために行ったはずのクラブでは、悪ノリというか、未練をかき消すためにウザいくらい……いや、元から結構ウザいキャラかもしれないけれど、女の子たちが逃げる逃げる。顔見知りのバーテンのスタッフには、今日は無理じゃない? 諦めも肝心。なんて言われて結局、何もないまま朝までバカになっていた。
暑い! しかし、暑い!
全身に降り注ぐ陽射しのシャワー、汗が背中を流れていく。梅雨前なのにこの暑さ、さすが、沖縄だ。
空港のゲートを抜けて外へと出ると、潮の匂いがした。海が近いからだろう、飛行機から見下ろしていた景色に立っているんだと実感する。
予約していたレンタカーを取りに行った。
旅費をなるべく抑えるため、ホテルはコンドミニアムにした。食事はホテルでするよりも、SNSで見たカフェなどに行きたかったから。沖縄の味を存分に堪能しようという試みだ。
移動中、車の窓を開けると、空気が気持ちいい。離島ということもあり、空気がより綺麗で、澄んでいるんだと思う。たかが空気、されど空気。全身の毛穴から吸い込んでいるような感覚だった。
ハイビスカスやプルメリアだけじゃなくて、赤瓦に漆喰の白、思い描く田舎とはまた違う、独特で情緒ある風景に、これからの2泊3日が胸を踊らさずにはいられない。
途中、まず、ひとつ目の目的であったカフェへ立ち寄り、昼飯を食べた。どこまでも続く碧い海と青い空、涼やかな波の音、目を閉じると、人魚姫のように、泡になり海に溶けてしまいたいと思えてくる。
もちろん、映えの写メは忘れない。こんないい景色に、おいしい食事、SNSにアップしないではいられない。
初日は、海を楽しんだ。日焼けをしたり、海に入り、夏を先取りした。
車にサンダルを忘れたせいで、焼けた砂が、調理中の鉄板のように熱かった。すぐさま車に戻りサンダルを履いた。けれど、海に入るまではヒリつきが治らなかった。
楽しすぎたせいで、1時間遅くチェックインをした。荷物を置き、少しの間ベッドでごろ寝をして休憩をした。2時間ほどしてから、再び外へと行き、夕飯を食べに、歩いて15分ほどのところにあるカフェへと行った。昼間のカフェとは違い、映えの料理というよりかは、沖縄料理が楽しめるところだ。ソーキそばや、チャンプル、にんじんしりしりなど、沖縄のおばあの味、ここでしか食べれないものをみんなでシェアした。オリオンビールや泡盛、酔っぱらわない程度に楽しんだ。と言っても、現地の人たちも一緒に飲み食いしたせいか、いい感じにできあがっていた。
ホテルに帰ると、次々とシャワーを浴び、各々の時間を過ごした。慎太郎と莉里ちゃんはベッドでイチャつきだし、優弥と綾乃ちゃんはSNSの配信をしていた。
俺は帰ってくるとき、夜風が気持ちよくて、海辺に涼みに行った。来実ちゃんも誘ってだ。
「気持ちいいね」
「うん」
行ったり来たりする波を見ながら、砂浜に座った。昼の罰ゲームで歩かせれるような、マグマのような暑さはなく、ひんやりと柔らかい砂がクッションのように気持ちがいい。
…………。
気まずい。自分だけなのかもしれないけれど、気まずい。こんないい雰囲気なのに、ふたりきりになると、何を話せばいいのかわからない。
「あのさ」
「あのさ」
言葉が被ってしまった。見るつもりはなかったのに、目を見つめてしまった。
ヤバいキスしそうだ。目を瞑りかける。
「翔くん」
「えっ?」
我にかえるとはこのことか! 何も言わなければ、あのまま唇を重ねようとしていた。危なかった。
「あたし、翔くんのこと好きだよ」
「えっ?」
…………。
頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。
「えっ? なんだ。一緒なのかと思ってた」
来実ちゃんは少し寂しそうな目をして下を向いた。何を言うべきか考えることができない。けれど、何か話さないといけない。迷いながら口を開いた。
「俺、来実ちゃんにキュンです」
「えっ?」
何を言っているんだ俺は……。
「いや、ホントにキュンってのがよくわかってなかったんだけど……来実ちゃんと出会って、それがわかったっていうか」
「そーなんだ」
「うん。で、でじゃなくて。俺も来実ちゃんのことが好きだよ」
言ってしまった。戸惑う心はあったけれど、これが多分、俺の今の素直な気持ちだ。
「ホントに? じゃあ、証明して」
そう言うと、来実ちゃんはこちらを向いたまま目を閉じた。これは、よくドラマやアニメで見るアレだよね? キスしろ的なお誘いのアレだよね? 一瞬か、一秒か数秒か自問自答して答えを出した。
————。
何も動きがない……不安なまま体を戻して目を開けた。
「キュンです」
「えっ?」
来実ちゃんからのキュンです返し?
「こーゆーキス初めてした」
顔を下に向けて照れてるように微笑んでいた。
「俺も」
「してそーなのに。クラブとか行くんでしょ?」
「それは……」
「ううん、そんなこと関係ないの。翔くん」
「んっ?」
顔を向けた瞬間、今度は来実ちゃんにキスをされた。
「なんか恥ずいな」
「……来実ちゃんってかわいいね」
「えっ? いきなりそんなの、ズルいよ」
外灯の明るさだけでも充分見てわかるほど、頬が赤くなっていた。こういう素直さが隠せないところが、可愛かった。
もちろん、この後告白をして付き合うことになった。
なんだか不思議な感覚だ。好きって……キュンですかな? こういう付き合い方って初めてだから、これからが楽しみでもあるし、不安でもある。どういう風に付き合っていけばいのか、正直よくわからない。
せっかく見つけた恋なのに、ダメになったらどうしよう、そんなことが頭の中に浮かんでくる。そんなにネガティブな方ではないと思っていたけれど、俺ってネガティブなのかな?
2日目はドライブだ。玉取崎展望台や恋する平久保灯台、川平湾など、順に回っていった。海は太平洋と東シナ海が見渡せて、エメラルド色から濃い青への切り返しがいい意味で不自然で、宝石のようにきれいだった。
灯台では、ハートの看板の前で来実ちゃんとカップルらしく、片手で半分のハートを作って、それをくっつけて、2人で1つのハートの形を作り、写メを撮った。見られていると、照れてしまって、笑顔がぎこちなかったような気がした。
おすすめのカフェを周り、ランチやスイーツを食べて、SNSの映えも確保した。
2泊3日の旅行は、俺に彼女もできて、大自然に心を潤し、気温以上に最高に熱い思い出になった。
これからの季節、イベントが待ち遠しくて仕方ない。先のことを想像すると顔がニヤけてしまう。
「何笑ってるの?」
「えっ? いや、思い出に浸ってた」
「楽しかったね、沖縄」
「うん」
「また来たいね」
「そーだね」
帰りの飛行機の中、思い出話に花を咲かせた。
♧ ♧ ♧
「ってかさ、寝たの?」
「寝たよ」
「そっか、腹減らない?」
「うーん、減った。朝起きれなくて、何も食べないままやってたし」
「じゃあ、食べに行く?」
「うちが、作ろっか?」
「えっ、マジで? 食べたい」
「よしっ、じゃあ、待ってて。シャワーするならしていいよ」
「うん」
シャワーか……、ごはんの後はうちでも……違う違う、アホな妄想が頭を駆け回る。
「どーしたの?」
「えっ? 何でもない。じゃあ、シャワー借りるね」
「うん」
最近はずっと雨が続いていたけれど、梅雨の中休、1週間ほど晴れ予報だ。
こんな何気ない充実した時間が、当たり前のようだった。けれど、心の奥の方に焦りがあって、気づかない振りをしているだけだった。あと、2、3年後には自分は何ができているのか、何をしようとしているのか、考えるのが怖かった。
泣きたいなら……、頭の中でメロディーが響いた。
もうすぐ三日月の日だ。しんとに会いに行こう。
今、自分が誰かにしてあげられることと言ったら、しんとに会いに行って、何かの手助けになることを考えるくらいだ。
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