第五球 夢と現

前話『第四球 初戦闘』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555831295773/episodes/16817139556006855809


 ――夢を見た。


 お母さんはもちろん、お兄ちゃんとお父さんもいた頃の夢。……まぁ、それ以上の内容は覚えてないんだけど。

 ただ、お母さんが幸せそうで……。ただそれだけで。ただ、それだけで、私も幸せになれた……そんな気がした…――。



「起きたか」


 目を開けると、窓際に一服しているクラウスさん。黄色い朝日の中で、ひとり紫煙をたゆらせる。

 窓から射し込む朝の陽射しは、元の世界と同じように、優しくって眩しかった。


めしはそこに置いてある」

 食欲を誘う香ばしい匂いが鼻腔をくすぐった。身体を起こすと、机の上に大きな目玉焼き。たまらず、キューッと私のお腹が鳴った。

「……すみません」

 間抜けな音に気が抜けたのか、クラウスさんはクスクス笑った。……何だか、優しいお姉さんという感じがした。


「美味しそう!

 ……でも、一体どこから?」

 この町はもう廃墟で、食べ物を調達できるような場所なんてなかったはず。


「ん」

 外を指差す彼女の視線の先には、塀を歩く卵の行列。どの卵にも漫画みたいに手足が生えている。まさに、のっぺらぼうな一頭身の化け物。

「半熟男爵。生のままでも食えるけど、食ったあと、腹の中でピーピーうるせぇから、火を通す方がおすすめ。

 で、火はコイツ」

 そう言って、バッと部屋の隅に杖を突き立てる。そこには筆箱くらいある大きなネズミ……。彼女がぐっと杖の先でさらにお腹を強く押すと、苦しそうに口から小さな炎を吐いた。

火鼠ひねずみ。まぁ、そのまんま。お前らの世界のガスバーナーみたいなもん。

 持ち歩く連中もいるが、どこにでもいるし、俺はいつも現場調達……ん?どうした?」


 ……歩き回る卵に、生きてるガスバーナー。少し食欲が失せてしまった。

 すると、クラウスさんはため息をつくように深く大きな煙を吐いた。

「お前らはいつもそうだよな。

 ……あんなに嬉しそうに食うくせに――」


 そのとき、辺りに高い音が鳴り響いた。


「……お客さんだ」

 クラウスさんは吸いかけの煙草を壁へぎゅーっと押しつけて、窓の外をそっと覗く。

 そして、何故かまた愉しげな表情を浮かべると、ロングソードを放り投げた。

 とっさのことに対応できず、無様に尻餅をつく私……。

「ちょうどいい稽古の時間だ、甘々勇者。

 俺はちょっと用事があるから、少し席を外す。ここはお前ひとりで何とかしろ」

 そう言い捨てたクラウスさんは私の返事も待たずに立ち去った。私をひとりここに残して。

 激しい爆発音とともに、扉が壁ごとグシャっと崩れて、砂埃が視界を満たす。


 もう……。ホントにひとりで何とかしないといけないの?

 私はロングソードの柄をぎゅっと痛くなるくらいに握りしめた。


次話『第六球 四天王』

https://kakuyomu.jp/works/16817139555831295773/episodes/16817139556118457763

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