平坂初音 様
第三球
(https://kakuyomu.jp/works/16817139555831295773/episodes/16817139555831714632)
ひらひらと雪が舞い降る空の下を、クラウスさんはズンズンズンズン歩いていた。
「……ねぇ、クラウスさん?」
恐る恐るに声をかけると、ピタッと立ち止まり、
「……あの……、ちょっと……もう一度……ちょっと休憩しません?」
息も切れ切れな私の主張に、やれやれとわざとらしくため息をつく。
「……ふん。もう何度めの休憩だろうな、暫定勇者サマ?」
そんなこと言われても……。そもそも、引きこもりの私に雪道を何時間も歩かせる方がどうかしている。だけど、もう私は満身創痍で何か言い返す力は残ってなかった。
足の裏はもう血豆だらけだし、ふくらはぎや太ももも疲労がたまってふにゃふにゃだし、まっすぐ立つのも一苦労だった。
雪を払うエネルギーもなく、側の白い塊に身を投げ出すように腰かけた。
どっと疲れが吹き出して、もうこのままここで寝てしまいたいような気持ちになる。
きっとこれは全部夢だ。
目を覚ませば、お母さんが朝ごはんを作って待っていて、パジャマのままTVをつけようとする私に、早く顔洗って着替えてらっしゃいって、笑うのだ。
ベーコンエッグの目玉はふたつ。ちょうどよい半熟。それを壊さないようにそっと取り、まるっと一口で頬張ると、口の中にまろやかな黄身がじゅわっと溢れる。
熱々のトーストにはバターをたっぷり塗って、挽きたてのコーヒーには砂糖とミルクをたっぷり入れて。
いつも通りの幸せな朝。
でも、珍しいことに、今朝のお母さんは食事中に煙草を吸っていた。今まで煙草を吸うことなんてなかったのに……。
「さっさと目を覚ましやがれ!」
強い衝撃とともに、目の前がパッと明るくなった。クラウスさんが怒った顔でこちらを覗き込んでいる。
私はいつの間にか繭のようなものに包まれていた。
彼女は私の腕をぐっと掴むと、強引にそこから引きずり出した。
外はやっぱり雪の世界。私は寒くて、ぶるっと震えた。別に繭の中が特別暖かいわけでもなかったのに。
「こいつは夢芋虫」
クラウスさんは私と同じくらいある大きな芋虫の頭を踏みつけて言い捨てた。
「眠らせた獲物を繭に包んで非常食にしやがる魔物だ。いつもは雪の中に隠れてる。
誘眠作用のある糸にさえ気をつけりゃ、そんなに大したヤツじゃねぇ!もっと用心して動け」
そう言ってそのまま頭を踏み潰す。スイカみたいに弾けると同時に、溶けた
「ハァ……良い休憩になったな。
あと一時間も歩けば、町に着く。
……ほら、さっさと行くぞ。日が暮れる前には、着きたいからな」
乱暴な口調の彼女だったけど、さっきよりも少し歩調がゆっくりになった気がした。
私は黙ってうなずいて、身体を払って立ち上がった。まとわりついていた繭の切れ端が、風に吹かれて、ふわふわ飛んでいった。
(https://kakuyomu.jp/works/16817139555831295773/episodes/16817139556006855809)
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