朝四時の私たち
搗鯨 或
第1話
朝4時。
窓から見える灰色が段々と蒼を帯びはじめた頃。ベッドに横たわっていた私は、そのままの姿勢で本棚にある時計を見て、今私たちが生きてる時間を確認した。正確な秒針の音だけが、チッ、チッ、と静かな部屋の中で進んでいく。
「寝てた?」
隣に眠っていた彼女が、甘く、とろりとした声で後ろから私にゆるく抱き着く。キャミソールしか着ていない彼女の白い腕に手を添え、なめらかな肌を撫でる。
「ううん、ずっと起きてたよ」
撫でられたのがくすぐったかったのか、彼女は「ふふ」と笑う。彼女の吐息が首にかかって、私も「ん…」と声が出る。
「てっきり寝てると思った」
白く柔らかい足を、するりと私の足に絡めながら彼女は微笑む。遠くで車の走る音が聞こえた。
「祝い足りなかった?」
私の首元に顔をうずめた彼女が甘えた声で聞いてくる。
「ううん……。毎年ありがとう」
首元にうずめたままのその顔に頬をすり寄せると、彼女の香りがした。
片手を伸ばして、サイドテーブルの上にあるスマホをとり、通知を確認する。通知はSNSで私の誕生を祝うものがほとんどで、心の波が段々と荒立っていく。いらない通知をどんどんスワイプして、必要な情報――私たちの仕事の情報だけを摘む。明後日の番組出演、1週間後のミュージックビデオの撮影、雑誌の表紙のオファー、ライブのスケジュール打ち合わせ……。一番下までスクロールして、プロデューサーからのメッセージを開く。
『お誕生日おめでとう。これからも、一緒に頑張っていきましょう』
ありがとうございます、これからもよろしくお願いします。と、毎年言ってることを返信する。同じことを繰り返す、この行動が本当に嫌いだ。
身体を起こしてスマホをサイドテーブルに戻し、そのまま身体の向きを変え、彼女と向き合う。
「やっとこっち向いた~」
ゆったりと腕を伸ばし私の背中に腕を回す。彼女の腋から腕を通し、そっと私も彼女を抱きしめ、彼女の胸に顔をうずめる。先程より彼女の匂いが濃く、胸の中まで彼女の香りで満たされる。
「今日は誕生日だから、何でもいうこと聞いてあげる」
10年前と見た目が何1つ変わってない目の前の彼女が、私の背中を撫でる。
そういう私も、10年前と何も変わっていない。
そう、
今日は私の15歳の誕生日。
窓から見える蒼が段々と濃くなっていく。灯りのついていない部屋、ベッドで抱き合う私たち、一人進んでいく時計の音。この時計も、段々と元の時間からずれていって、電池を変えて、でも電池を変えてもずれていって、劣化していくのだろう。でも、
「私たち、ずっとこのままなのかな」
永遠に見た目が15歳の私たち。時間は刻一刻と進んでいるのに。時計も、作られ、動き、狂い、直され、また狂い、劣化していく。
私たちも、10年生き続け、心は変化しているのに、身体は全く変化していない。
「今のアイドルは見た目が変わらず、ずっとかわいくいられるよ」
にちゃりと汚らしい音を立てて笑う、身体は大人の未熟な男性が前に私に言った。そのとき、私は履いていた尖ったヒールで、その男の局部を踏みつぶしたかった。
人間の、客の、お金の都合で作られた「アイドル」という存在。
私はそんなものに生まれてきたくはなかった。
ずっとかわいい人間として作られたくなかった。
人間の欲も、年を取らないアイドルを生み出せる技術も、それを許す社会も、全てが憎かった。そんな憎悪を、アイドルのかわいい笑顔という仮面で隠して私は今日の日を迎えた。
10回目の、15歳の誕生日を。
私の頬に手が添えられ、そのまま手はそっとあげられる。
彼女の悲しそうな笑顔。
彼女の手が私の頬をさらさらと撫でる。
彼女の笑顔がだんだんとぼやけ、滲んでゆく。
時計の進む音が聞こえた。
彼女の顔が近づいて、
私の涙を優しく吸った。
彼女の顔が離れ、私を見つめる。
「いつか……」
ぽつりとつぶやくように彼女が言う。彼女の瞳に映った私の姿をみる。
「2人だけで静かに暮らそ」
ピロン。
メッセージの通知音。
「誰の目も、誰の声も届かない場所で」
彼女の瞳に映る私が、次第に大きくなっていく。
私たちは、「15歳のアイドル」という呪縛からは逃れられない。
それでも、いつかは、
「二人で暮らそう」
彼女の顔が近づいて、
薄桃色は重なった。
朝4時。
紺色で満たされた部屋の中で、秒針の歪んだリズムだけが響いていた。
朝四時の私たち 搗鯨 或 @waku_toge
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