第5話 魔物と人と
どれくらい歩いただろう。日が天頂まで来たところで、川の向こう岸になにかいるのを見つけた。人じゃない。動物だ。黒くて丸っこい?
と思ったらこっちに気がついたらしく立ち上がった。うずくまってたんだ。でかい! クマだ!
と思ったら走ってきた! ヤバイ!
「クマだ! 逃げましょう!」
「ひっ!」
ハルノさんが固まった。当然だ。クマなんて動物園以外では見たことない。まさか襲われることになるなんて。
俺はハルノさんの手を引っ張り、川沿いから森の方へ走った。二十mぐらいの幅の川向うだったこともあり、クマはまだ渡りきってない。じゃぶじゃぶと体の半分ぐらいを水に浸しながら近づいてくる。逃げ切れるか?
森に入り、木を避けながら奥へと進む。岩場が見えた! 近づいてきたら投げつけようと何個か石を拾い、急いで岩に登って川の方を見下ろした。熊は見えない。諦めたか? いや、向こうもびっくりしただけで襲うつもりはなかったのかも。
「しばらくここで様子を見ましょう」
「う、うん」
ハルノさんは放心状態だ。
しばらくしてもやってくる気配はないので気を紛らわせようとハルノさんに話しかけた。
「多分もう来ないと思います。それにしてもあれは、クマなのかな。なんか見たことないような形でしたね」
クマだと思ったけどあれは違う。顔がクマというよりは犬っぽい? そう、オオカミだ。後ろ足も犬っぽかった。でもクマと間違えるほどの背丈で胴が犬よりは太かった。
二本足で立つオオカミってなんかへんだ。やっぱり地球の動物じゃない。
一時間ぐらい休んで川下と平行になるように歩いた。見晴らしのいい河原は危険なので近づかなかった。
◇
夕方、薄暗くなってきた頃、ようやく灯りが一つ見えた。密集していた森の木々がだんだんと少なくなってきていたのでその合間からだいぶ先まで見えるようになっていた。でもまだ遠い。
「明かりが見えますよ! ハルノさん!」
「ハアハア、どこ? 見えないんだけど」
ハルノさんが少し息を切らしながら聞いてきた。
しまった。暗くなってきたから急ぎ足で進んでしまってた。ハルノさんは騎士衣装のブーツだ。足が膝下まで守られてるのはいいけどちょっと重かったのかもしれない。俺が気をつけなきゃ。
それとハルノさんにはあの明かりがまだ見えてないみたいだ。俺は視力だけはいいからな。
「ほら、あそこですよ。まだちょっと遠いから見えづらいですけど、あれは多分家ですね」
「えっ? まじで? やった!」
すっかりキャラ崩壊したハルノさん……。他には誰もいないからな。もう俺に猫かぶるのはやめたみたい……。
まあ、さっきはひどく怯えてたから、落ち着いたならよかった。
「きっと人がいますよ。行ってみましょう」
灯りのところについた頃にはすっかりあたりは暗くなっていた。一軒しかない民家だ。なんでこんなところに?
俺は恐る恐る家の扉をノックした。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」
すると少しして中から声がした。男の声だ。
「誰だ? こんなところになんのようだ?」
「道に迷ってしまったんです。どうか一晩泊めていただけませんか?」
言葉が通じてホッとしながら希望を伝えた。
というか、相手の声を聞いたらなぜかその言葉が話せるようになった。日本語じゃない。聞いたことのない言葉だったけどなぜかすぐに理解できて話せるようになった。ハルノさんも不思議そうな顔をしてる。
しばらくして扉が開いた。かなり年配のおじいさんだった。
「野盗とかではないようだな。入れ」
「ありがとうございます。お邪魔します」
俺たちよりだいぶ背が低いけどぶっきらぼうなおじいさんに、俺の後ろに隠れて怯えるハルノさんの手を引いて恐る恐る中に入った。
中は土間のような靴のまま入る部屋のようだった。奥にも部屋があるみたい。土間みたいな部屋には囲炉裏みたいなのが真ん中にあって火がついてた。外から見えた明かりはこれだろう。
囲炉裏の前に座らせてもらうと、おじいさんは吊るしてた鍋からコッブでお湯をすくい、渡してくれた。
「白湯だがよかったら飲め」
「ありがとうございます。いただきます」
先に俺が飲んだ。大丈夫そうなので目で頷くとハルノさんもコクコクと飲み始めた。
ほぅと、一息ついたところにおじいさんが話しかけてきた。
「それで? お前らどこから来たんだ?」
少し考えて俺は素直に答えた。
「実はわからないんです。俺達はこことは全く別のところにいたんですが、周りが白く光ったと思ったら何故か全然知らない草原にいて、近くの森をさまよってたらここまで来ました。ここはどこですか?」
「なんだそりゃ? そんなことがあるのか? ここはラヴェンナの町の郊外にある森だ。まだ浅いからそれほど危険な魔物は出ないがな。だがコボルトなどはおるぞ? お前ら武器も持たずによく森に入ったな」
「町が近くにあるんですか? 魔物ってなんですか?」
「町はここから半日歩いたところにある。まさか魔物を知らんのか?」
「知りません。クマとかオオカミのような動物ですか?」
俺は遭遇した動物を思い出して聞いた。
「魔物は魔物だ、獣と似てるが違う生き物だ。どこにでもいるはずだ。知らんわけはあるまい」
「知らないんです。俺のいたところに魔物はいません。空想の物語に出るくらいしか」
「魔物のいない国とかあるのか? そうだな、さっきオオカミとか言ったがコボルトなんかはこの辺にもいるな」
「コボルト?」
「顔は獣のオオカミに似てるが人族みたいに二本足で立って歩く魔物だ。手の爪で攻撃して襲ってくるんだ。当然だが捕まったら食べられてしまうぞ」
俺たちが出くわしたヤツだ。やっぱりあれが魔物か。人も食べるんだ。俺たちは思い出して身震いした。
「魔物は魔力を持ってるから獣よりも強いぞ。お前みたいな痩せっぽちなら一発で頭をもぎ取られるな」
「えっ」
「お前弱そうだからな。標的にされたらすぐやられるんじゃないか? それとも攻撃魔法の使い手とかか?」
えっ魔法? うそ。そんなのあるの?
「今魔法と言いましたか? 魔法って何もないとこから火を出したり氷を出したりとかできるあれですか?」
「なにもないというか魔力を使って火や水は出せるな。攻撃魔法はそれを相手に飛ばして攻撃するんだが、まさか魔法も知らんのか?」
「はい。その、物語とかおとぎ話では聞いたことがありますが、あくまで架空の現象です」
「いったいお前らの住んでた国はどこなんだ?」
素直に答えてみる。
「
「ニホン? 初めて聞くな。……いや待てよ。たしか召喚される勇者はニッポンとかから来たとか昔聞いたな。まさかお前ら勇者の関係者とかじゃあないだろうな?」
「えっ。勇者?」
おじいさんの口から次々と出てくるラノベワード。まさか本当にここは異世界なのか?
やばい。なんか手が震えてきた。
「そうだ。勇者はもう二百年以上前くらいに魔王を倒すために召喚されたんだ。たしか違う世界の人族でお前らみたいな珍しい黒髪と黒目じゃった。まさかお前らも?」
うそ。まじで? まさか俺たち異世界に召喚された勇者なの?
思わずハルノさんと二人で顔を見合わせた。
ただハルノさんはナンノコッチャ? とか思ってる顔してる。俺とは違う世界の住人らしいや。
「ここは何という国なんですか?」
「ロマリア王国だ」
そんな国地球にあったかな? そういえば俺あまり地理詳しくなかったわ。ハルノさんを見るとふるふると首を横に振った。かわいい。
「やっぱり違う世界なんだ。どうしよう。帰れるのかな」
そう。魔法だの、勇者だのと夢のような言葉を聞いても、驚いただけで何も感動はなかった。
そんなことより、ものすごく遠い場所に来てしまったんだという不安が大きかった。
だからそんなことより、早く家に帰りたかった。
するとおじいさんは
「しかしなぜロマリアに召喚されたんだ? 勇者召喚はアルビオンしかできないはず……」
なんかブツブツ言い出した。
おじいさんの言うことには、黒髪黒目はまずこの国にはいない人族だということ、過去にいた勇者が黒髪黒目で異世界人だが、アルビオン王国という国の王族しか使えない固有魔法である「召喚魔法」でしか呼べないこと、アルビオンはロマリアの隣国でここからだと馬車で何週間もかかる距離だということなどだ。なので俺たちは召喚されたのか、違う理由でここに来たなのかはわからなかった。
「まあ、今日はここでゆっくり休め。明日どうするか考えることだ」
おじいさん優しい。だってこんな見ず知らずの者を自分の家に上げてくれたんだから。あれ、でも待てよ。
「おじいさんはここで一人で住んでるんですか?」
「いや、ここは森に入ったときに泊まるための小屋だ。わしは鍛冶屋でな。たまにこの森に素材をあつめに来るんだ」
鍛冶屋ってもしかして剣とかやりとか作る人?
「もしかして剣とか槍とか作る人ですか?」
「まあそうだ。冒険者共の武器を作るのが多いな」
冒険者! 俺はラノベでよく出てくる憧れの職業を聞いていよいよ胸が高まった。
「冒険者いるんですか? すごい!」
目をキラキラとさせている俺を見ておじいさんは
「冒険者がそんなに好きか? あいつらは基本どうしようもないヤツばかりだぞ? まあ貴族で冒険者やってる者もいるが、ほとんどがチンピラだぞ?」
……そ、そうなんだ。やっぱりラノベとは違うのかな。
「でも、害のある魔物を討伐したり、宝とかを見つけたりするんじゃないんですか?」
「そうだ。冒険者は定職につかず、一攫千金を狙ったヤツが多い。だがそれだけに長生きできるヤツはほんの少しだけだ」
おじいさんは冒険者をあまり好きじゃないのかな。
「まあ、憧れるのは自由だがお前には無理だな」
「なぜです?」
「いや、どう見たってお前が魔物を倒せるとは思えんからな」
ひどい。人を見た目で判断した! いや間違ってないけど。きぃ! 悔しい!
「でも先程魔法って言ってましたよね? 魔法って誰でも使えるんですか?」
「誰でも魔力はあるが何ができるかは生まれつきの魔力量と属性で大方決まる。中でも攻撃魔法は魔力量がたくさんいるし適性もあるから特定の人族だけが使える。魔力は貴族が多いから攻撃魔法が使えるものも多い。平民は貴族より魔力が少ないから生活魔法ぐらいしか使えないものが多い。どの属性を持ってるかでできることが決まる。わしは土魔法が得意だ」
と言って土間の土のあたりに手のひらをかざし、
なにやら唱えたあと、
「ロック」
と言った。すると、なんということでしょう。地面がひとりでに盛り上がって岩の塊が出現した。
「すごい。ほんとに魔法だ」
土間が少しへこんでる。土から岩を作ったんだ。どういう仕組みだ?
「ワシは土と火の魔法が使える。生活魔法とはまた違って職制魔法という。ワシの魔法は鍛冶で役に立つな。代々ワシの家系は鍛冶職人だ」
「魔法は誰でもすぐに使えるんですか?」
「適正があるな。親からの遺伝もある。それに練習も必要だ。素質があってもすぐに使えるやつはいない。どんな適性があるかはどこかのギルドで調べてもらえるぞ」
「ギルド?」
「職人ギルドや冒険者ギルドだ。お前らはなんの仕事をしてたんだ?」
「俺は学生だから特に仕事は……。こちらはアイドル……、なんて言ったらいいんだろ?
「学生?
ん? 今なんか正しく伝わらなかったような、意味合いが違ったような。まあいいか?
「いえ、一般人です」
「平民で学生とは珍しいな。家は商人とかか?」
「まあ、そんなところなんですかね?」
ややこしいのでそういうことにしといた。
「もし勇者の世界から来たならこことは仕事も違うんだろうな。それで? これからどうするんだ? ワシは明日町に戻るが一緒に町まで行くか?」
ありがたい。なんていい人なんだ。俺はハルノさんと目で意思確認しておじさんにお願いした。
「あの。そういえばまだ名前を聞いてませんでした。俺は
「ワシはガルムじゃ」
続いて俺とガルムさんの視線がハルノさんに向く。
「わ、私は……、えーっと……」
どうしたんだろう?
「ハルノさんですよね。そういえば名字はなんていうんですか?」
ハルノさんがオロオロして
「ハルノは芸名なの。まあ、でも今はハルノでいいか。本名は向こうに戻ったときにバレると困るし」
そういうことか。
「わかりました。ハルノさんにも俺の名前言ってませんでしたね。皆さん明日もどうぞよろしくお願いします」
「なんじゃ。お前らも知り合いじゃなかったんか?」
「あ、はい。ここに来たときはたまたま近くにいたので一緒に飛ばされたんだと思います。なのでお互い知らない者同士でした」
「まあいい。では寝るとするか。お前らは奥の部屋を使うといい。ワシはここで酒を飲んでそのまま寝る」
「ありがとうございます」
俺達は奥の部屋を使わせてもらうことにした。もうクタクタだった。
部屋は一つだ。布団もない。でも昨日のように外で寝るよりだいぶマシだ。俺とハルノさんは離れてそれぞれ両端の壁際で眠った。疲れてたので横になるとあっという間に睡魔に襲われたのだった。
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