守銭奴勇者と浪費家魔術師のダンジョン攻略~そのはじまり~

刀綱一實

第1話

「た……助けてくれ……」

「金にならなそうだから嫌だ」


 俺がそう言うと、地面に横たわった冒険者は口を開けたまま固まった。自分では大分有名なつもりだったが、まだ俺の面と二つ名を知らない者がいるらしい。


「今日は機嫌がいいから教えてやるよ。俺の二つ名は『守銭奴』だ」




 俺はアヴァール。この名前は他人が勝手につけたもので、実の親が俺をどう呼んでいたかなんて今となっちゃ分からない。子供のまま死ぬ奴も多い中、こうして十八まで生きているだけで幸運な方だろう。


 身寄りがない俺が頼れるのは自分だけだったから、小さい頃から危険だと言われるダンジョンに潜って日銭を稼いでいた。


 大人の持ち物をくすねて半殺しにされたこともあるし、俺の目の前でパーティーが全滅していくのを見たこともある。それでもダンジョンで手に入れたものを金に換えないと、生活していけなかったのだ。


 しかし身寄りのない子供に対して、質屋共は厳しかった。必死の思いで集めた物品が買いたたかれ、なにも買えなかった時はいつだって、身を切られるより辛かったものだ。俺が守銭奴になった原因を聞かれたら、迷いなくあいつらのせいだと答える。


 背が伸びて腕力がついてからは、生きるのが大分楽しくなった。ようやく見つけた宝物を適正価格で売れるようになり、俺の生活は多少良くなっている。


 しかし悲しいもので、一度飢えを知ってしまった人間の内面が無垢に戻ることはない。俺はひたすら金目のものを集めるため、ダンジョンに潜り続けていた。


 ずっとこんな日が続くのだろう。そう思っていたある日、やけに身なりの整った男が俺に声をかけてきた。男が名乗った名を聞いて、俺は驚いた。阿漕なことで有名な貴族の一門だった。


「アヴァール様にお願いがあります。私の妹を探してほしいのです」

「はあ? 俺は──」

「前金として、これだけお渡しさせていただきます」


 差し出された袋はずっしりと重かった。俺は袋の中に入った金貨の多さを見て、次に男の面を見る。気にくわない面だった。


「無事に見つけたら、これと同じ額をくれるってことかい」

「──無事でなくとも構いません。ダンジョンに潜りたいと言って妹が行方不明になってから、ゆうに一週経っております。率直に申しますと、妹は何度も手術をするくらい虚弱でございました」

「それでよく旅に出たな」

「昔から外への憧れが強い子でして。しかし現実は厳しい、もう亡骸になっている可能性が高いかと。それでも、彼女の体を持ち帰っていただければお礼はいたします」

「奇特なこったな」


 俺が茶化すと、男は哀愁に満ちた表情をしてみせた。


「我が一族のはみだし者とはいえ、見つけて弔ってやらなければなりません。引き受けていただけますか?」


 俺は迷った末に、うなずいた。




 俺がよく潜っているダンジョンの入り口は洞窟になっている。鉱石を掘るために作った横穴が途中で古代遺跡にぶち当たった結果、できた代物だ。古代遺跡の深部に近づくほど強いモンスターが出てくるため、完全踏破できた人間は一人しかいないという。


 俺は依頼人にもらった金で整えた装備を背負い、洞窟を進む。湿った岩はよく滑るが、新しくした靴のおかげで俺の足元は確かだった。


 すいすい進んでいく俺を見て、周りの連中が妬ましげな視線を向けてくる。しかし俺はそれを完全に無視して、ひとり進んでいった。完璧な準備をしてこなかったこいつらがいかに苦戦しようが、俺の知ったことではない。


 問題の妹とやらは、にわか冒険者だったというから奥へは行っていないだろう。そう考えて洞窟部分を隅から隅まで探したが、聞いていた特徴とは違う死体しかなかった。


「まさか、素人が遺跡まで行ったのか……?」


 いぶかりながらも、俺は石造りの遺跡部分に足を踏み入れた。もとは王族の屋敷だったのか、苔むしてはいてもなんとなく品格がある。


 洞窟と違って分かれ道が少なく整然としているが、いいことばかりではない。それは言い換えれば逃げ道が少ないと言うことだ。部屋の位置を把握していない駆け出しは、廊下でモンスターに追いつかれて息絶える場合がとても多い。


「今日もよく落ちてるねえ……」


 死体をひっくり返して顔を改めながら、俺はため息をつく。中には人相が変わってしまって男か女か分からなくなっているものもあって、俺の頭に邪な考えが浮かんだ。


「これを代わりに持っていったところで、バレねえんじゃ……」


 そうつぶやいた時、前方の部屋から物音がした。わずかなきしみ音とともに、錆びた金属の扉が開いていく。知能の高いモンスターか、と思って俺はとっさに武器を構えた。


 しかし、扉から出てきたのは小さな人間だった。汚れた服を着ているが身のこなしは綺麗で、薄い金色の髪を短く切っている。大きな瞳と整った眉が特徴的な顔をしていた。──あまりに、依頼人からもらった姿絵と似ていた。


「おい、まさか嘘だろ。生きてたのかよ、ディーシェ」


 名前を呼ぶと、痩せた女が振り向いた。名前を呼ばれたからだろう、彼女の顔には驚きが張り付いている。


「……どうして、わたくしの名前を知ってるの?」

「お前の兄貴って奴に頼まれたんだよ。行方不明になった妹を探してくれってな」

「その兄というのは、どんな男でしたか?」


 ディーシェに依頼人の様子を話すと、彼女は眉間に皺を寄せた。


「どうやら本当に兄──ラーシのようですわね。お父様亡きあと、わたくしを屋敷に拘束し散々辛く当たったくせに、どういう風の吹き回しかしら……」

「さあな。それよりお前、剣も盾も持ってない軽装のくせになんで生きてるんだ。ここは歴戦の戦士さえ命を落とす遺跡なんだぞ」

「わたくしだって分かりませんわ。洞窟の中で疲れてどうしようもなくなって、いけないこととは知りながら壁にもたれかかったら──いきなりここに来ていたんですもの」

「おい、そんな都合のいい話があるわけ……」


 ディーシェに反論しようとして、俺はふとある可能性に気付いた。一人だけいた、この遺跡の構造を完璧に理解していた奴が。そいつは何回もここに来ていたというから、そのうち面倒くさくなって、隠し通路を作っていてもおかしくない。


 それにしても、今まで誰も見つけられなかった隠し通路を偶然探り当てるなんて……どんな運の持ち主なんだ、この女。


「困りましたのよ。部屋の中に湧き水はあったのですが、周りには化け物がうろうろしていて食料を探しにも行けませんし。じっと耐えていたのですが、どうにも空腹で出てきましたの」

「そうかい、よく分かったよ」


 俺がディーシェの状況を把握したその時──背筋を冷たいものが駆け抜けた。何度も死線をくぐった俺の体が、敵が近くに居ると警告を発していた。


「くそっ!」


 足元を見ると、巨大な色とりどりのスライムがにじり寄ってきていた。こいつらは人間の血や、鎧など金属の匂いにひかれてやってくる。そして巧みに防具の隙間をかいくぐって触手を伸ばし、対象の体液を残さず吸いとるのだ。死体は冗談抜きで、ぺらぺらの紙のようになってしまう。


「部屋に入れ!」

「わかりました! あなたも早く!」


 ディーシェはすぐに踵を返す。俺は彼女をかばいながら後退した。俺はここに来るまでに、いくつか手傷を負っているし鎧装備だ。スライムたちは、黙っていても俺に引き寄せられてくるはず。


 ──と、思っていたのに。スライムは俺には目もくれず、天井や壁を這ってディーシェに突進していった。




「……ほう、それは大変でしたね。そんな事件があったから、二人ともそんなに満身創痍なのですか?」

「まあね。高いのを承知で買った手投げ弾がなかったら、少なくともあんたの妹は確実に死んでたぜ」


 なんとかダンジョンから生きて帰った顛末を説明する俺を、安楽椅子に座ったラーシは笑顔で見つめていた。ここは彼の別宅だから、立ち振る舞いに余裕が見られる。


 対して俺とディーシェは並んで長椅子に腰掛け、固い表情をしたままだった。


「素晴らしい。やはりあなたに頼んで正解でした。まさか妹と再び同じ卓を囲めるなんて、考えてもみなかった。これは約束の報酬です」


 俺は手を伸ばして、ラーシがよこしてきた金を受け取った。それが偽物でないことを確認してから、素早く懐にしまう。


「では本宅へ帰りましょうか、ディーシェ。お母様も心配しておいでですよ」


 優雅に立ち上がろうとしたラーシの前に、俺は短刀を投げつけた。短刀は空中で一回転し、高級そうなテーブルに音を立てて突き刺さる。


「──何を?」

「手荒なまねして悪かった。帰る前に有名な小咄を聞いてほしいんでね。ある日、男が街中で小汚い猫を見つけた。通り過ぎようとした時、猫の餌皿がめったにない年代物だと気付く」


 俺がテーブルを指で叩くたびに、ラーシの顔から赤みが消えていった。


「男はこう思った。『こんな猫の餌入れに高級品を使うなんて、この主人は見る目がないに違いない』とな。そこで主人を呼びつけて、金貨一枚で猫を買いたいと申し出る。話がまとまったところで、男は猫と一緒に皿も引き取りたいと言った。そうしたら主人はなんて言ったと思う?」


 俺の背中側にディーシェが移動してきた気配を感じながら、さらに続けた。


「『申し訳ございませんが、この皿は珍品。金貨百枚でも買えぬ代物、お譲りはできません』と言ったんだ。男は驚いて問い返す。『皿の価値を知っていたのなら、何故猫の餌皿なんかに使った』とな」


 話が進むにつれて、ラーシの顔色は青を通り越して白に近づいていく。


「主人はこう答えた。『こうしていると、時々猫が金貨一枚で売れますので』ってな。──さて、最後に聞こう。今この状況で、誰が猫で誰が間抜けな男に当てはまるのか……あんたには分かってるよな、ラーシよ」


 俺が問いかけると、ラーシはため息をついた。


「何故分かった」

「ダンジョンの中で、血と金属の匂いを好むスライムに襲われた。だが連中、怪我して鎧装備の俺には目もくれず、軽装で無傷のあんたの妹に向かって突進しやがった……その時さ、気付いたのは。こいつの体内に、なんか余計なもんが入ってるんじゃないかってな」


 なんとかスライムを退けた後、俺はディーシェを問い詰めた。彼女は、数年前に最高クラスの魔法石──魔力をたたえ、魔法を自由に使うことができる石──が王族の離宮から消えたことを覚えていて、自分の体内に埋まっているのはそれではないかと言った。


「離宮から魔法石を盗んだのはあんただろ? ラーシ。あんたと使用人がぐるになって盗みだし、売るか自分が使う手はずが整うまで妹の体に隠した。何回か行われた手術の合間にやれば可能だろう」


 王族の持ち物だから徹底的に捜索されるだろう。生半可な隠し場所では見つかってしまう、と考えたのは自然だが……何も知らない妹の体に隠すなんて、趣味の悪いことを考えたものだ。


「死体でもいいからっていうのは身内の情があったからじゃねえ、死体が回収できれば元が取れるからだ。違うか?」

「……そこまで分かっているなら、あなたに提案があります。その娘の体内にあるのは、売れば一生どころか七生は遊んで暮らせる代物。取り押さえてくだされば、報酬ははず──」


 ラーシは必死だったが、甘い台詞を最後までささやくことはできなかった。ディーシェの掌から光球が生まれ、それが瞬く間に顔面を直撃したからだ。


「すまんね、先駆者が残した文献を読んだら、魔法石の起動方法が書いてあってな。ダンジョンを走り回ってなんとか材料をそろえ、魔法石をディーシェの意思で使えるようにしてやったんだ。今のこいつを抑えろと言われたって、俺じゃ無理だ」

「なぜ……そこまで……」


 折れ曲がった鼻から血をぼたぼた流しながら、ラーシが起き上がる。優男だったが、今の一撃ですっかり台無しだ。


「俺は子供の頃、親にはした金で売られたんでね。嫌いなんだよ、子供の命を金と引き換えにどうこうしようって奴は。こういう時だけは儲け度外視だ、悪いな」


 俺は軽く手を振って立ち上がる。ディーシェに後は好きにしろ、と告げて、振り返らずに豪華な家を出て行った。




「……で、なんでお前がついてくる」


 俺はダンジョンの近くにある安酒場で、ディーシェと向かい合っていた。家にいれば安楽な生活が約束されているというのに、何を考えたかこのガキは俺を追いかけてきたのである。


「一緒に冒険がしたいのです」


 ディーシェは熱っぽく語るが、俺の心は変わらない。どうせ甘やかされて育ったお嬢様だ、三日もたてば飽きて帰りたいと言い出すに決まっている。


「ダメだ。俺は誰とも組まない。お前とはなおさらだ」

「報酬のことですわね? それなら問題ございません、全てあなたに差し上げてよ。冒険にかかる費用もわたくし持ちで結構。あのバカ兄が相続人から外されたので、お金には困っていませんの」

「……無駄遣いすんな」

「お金は使ってこそですわ。ため込んで眺めたところで、それ以上にはなりませんもの」


 金銭感覚では、こいつと一生意見が合うことはないだろうな。俺はあまりの育ちの違いに、目眩がしてきた。


「至れり尽くせり、ありがたいこった。でも俺は、ガキをダンジョンに連れ込む趣味はねえんだわ」


 自分はやらざるをえなかったが、あそこは子供の教育に良い場所ではない。モンスターもいるし死体はあるし、冒険者同士の仲間割れや諍いなんて日常茶飯事だ。ずっといたら、間違いなく人間不信になる。俺みたいに。


 しかし俺のそんな心も知らず、ディーシェは思い切り不満そうな顔をしていた。


「……ガキとは、子供という意味でしょうか? わたくし、今年で十八になるのですけれど」

「は? 今なんつった? 俺とお前が、同い年!?」


 ディーシェの頭は俺の肩より低い位置にあるし、手も足も冗談みたいに細くて体も平べったい。それなのに同い年と聞かされて、俺は取り乱してしまった。


「あら、そうなんですの。それなら子供扱いされるいわれはございませんわね」


 逆にディーシェは満面の笑みになった。


「ずっと昔から、大冒険がしてみたかったんです。今は魔法が使えますから、あなたの足手まといにはなりません。弱音も吐きません。お約束しますわ」

「……ちっ。めんどくせえなあ。ダンジョンの中では、俺の指示に従うこと。それが守れるか?」

「はいっ! 大丈夫です!」


 ここまで条件を整えられたら、俺の負けだ。俺はディーシェの笑顔を見ながら、派手なため息をついてやった。




 その数年後、世界最難関のダンジョンを完全踏破した俺とディーシェが、あらゆる集まりの話題をかっさらい、王族からとある勲章を贈られることになるのだが──その時の俺は、そんな未来を想像すらしなかった。


「あら、わたくしは最初から分かっていてよ。わたくしたちが組めば最強だって」


 俺とは違って、相棒は迷うことなくこう言い放ったのだが。全く、強いねこの女は。

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