Ⅳ 3

「なんで奥さんじゃなく君なの」

「奥さんはもうどうでもいいみたい」

「婿養子じゃないけれど、いいところのお嬢さんみたいだから」

 タクヤは冷めた表情でそう言う百合を見ている。

「あたしもどうでもいいといえば、どうでもいいんだけど」

「なんか気持ちが悪くて、それにお兄さん知ってたし」

 百合はタクヤの名刺をテーブルの上に置く。いい加減な割には、開所以来一番まともな依頼じゃないかとタクヤは思う。失踪した男の情報は的確かつ正確のようだし。

「向こうから勝手に引っかかってきたから、少しも引き出せるかなと思ったんだけど」

「あっちの仕事やりにくくなってきたし」

「ダメだった」

「なんかね」

 そう言って百合は足を組み替える。これで何回目だろうか。視線を感じていない様子は、たしかに無防備に思えなくもない。

「バレたら会社にいられないんじゃないの」

「向こうがね」

 そう言って百合は不敵に微笑む。この娘が今の会社にいるのはそれなりの理由があるのだろう。エリート社員の上司はそのへんの情報をつかんでつかんでいなかったのだろうか。それともそれをうまく利用してやろうと思ったのか。いずれにせよこの娘のほうが上だったっていうわけだ。

「関係ができれば自分の思い通りになると思ってる男、多いのよね」

 夢見は薬味のネギと生姜をたっぷりつゆに入れてからソーメンを箸てつまむ。

「タクは食べないの」

「麻婆チャーハンがクセになっちゃって」

「そう」

「量が多かった」

「大丈夫、楽勝」

 夢見のソーメンを食べるペースが落ちない。その合間にかき揚げをガブリと。

「でもよくペラペラとしゃべったね、あの娘」

「隠れた才能」

 夢見は上目遣いにタクヤを見る。

「となりに行ってくる」

 タクヤは夢見の視線から逃げるように事務所を出る。

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