Ⅲ 5

「ミチノシタ・フミマロ」

 美佐の吐き出したタバコの煙が《ボステナー》の天井に吸い込まれていく。

「道路の道に、上下の下、文(ブン)に麻呂は麻(アサ)に呂は…」

「わかるよ口が並んでいる字でしょう」

「そうです。上下に」

 今更本名がわかってどや顔されてもとタクヤは思った。

「相手が依頼人を知っていることが前提だったから」

「名前より、写真とかでしょう」

「本名を名乗っているとは限らないし」

「まだ彼女がスッとぼけてる可能性のほうが」

「目撃されてるんだよね」

 いつになく《ボステナー》は客が多かった。マスターは他の客の接客に追われ、美佐とタクヤはカウンターの奥に追いやられている。

「それより、あたしの依頼はどうなったのよ」

「やってますよ」

「こちらも本名がわかりました」

「明日、実家のほうに行ってきます」

「実家わかったの」

「それも含めて確認してきますけど」

 タクヤは美佐が実家の場所や本名について食いついてこないのでちょっと拍子抜けした。

「マスター大丈夫なんですか」

「大丈夫。加奈ちゃん呼んだみたいだから」

「加奈ちゃんって」

「そうか、あんたは会ったことないんだ」

「どうしようもないときだけ来るんだよ」

 人の声と流れている音楽で、会話が聞き取りにくくなっている。タクヤは無言のままドアのほうを注意深く見ていた。ドアが開いて若い女性が入ってきた。どう見ても普段着と言った恰好でカウンターの中に入っていく。

「ほら来た」美佐がタクヤの耳元でそう言った。

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