Ⅲ 1

《ボス・テナー》の店内にジャズが流れている。

《生と死の幻想》というタイトルのアルバム。

「キース」

 思い出したようにタクヤがつぶやく。

「レッドマンはテキサス・テナーだからね」

 マスターはうれしそうに笑う。考え事をしているタクヤの前にマスターはカクテルグラスを置いた。

「ドライ・マティーニ」

 タクヤはそう言ってマスターのほうを向くと、すぐにまたうつむいて考え事をはじめる。

 何で「キース」。疑問がタクヤの頭をかすめる。それも、今ごろになって。というよりも、何故あの時疑問を持たなかったのか。「キース」と言う名前はあの娘には似合わない。イメージがかけ離れている。

 タクヤは自分の前に置かれたカクテルを一口飲んだ。ジンの香りが口の中に広がった。

「ねえタクヤ、名前は聞いたの」夢見が手帳を見ながらタクヤにきいた。

「インデペンデントってどうもあの娘だけらしいんだけど」

「名まえの情報が交錯していて」

 夢見がいくつか言った名前に「キース」はなかった。

 タクヤはタバコに火をつける。

「ねえ、彼女はここにはあまり来ないね」

 美佐はタクヤを見ながらマスターに言った。

「飲めないわけじゃないらしいけど」

「前の仕事は何があるかわからないから」

「飲まないようにしていたんだって」

「非番でも」

「人それぞれだから」

「姿勢がね」

「多分彼女のほうが強いんだろうね。飲みはじめたら」

「なんでギムレットじゃないの」

 マスターがニヤリと笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る