やけに殺風景な部屋に、依頼人の男は自分の選択が正しかったのか迷いはじめている。質素な応接セットは、よく見るとかなり使い込まれてはいるが手垢にまみれているわけではなく手入れは行き届いていた。紙コップに注がれた琥珀色の液体。ウーロン茶だろうかと男は一口飲んでみる。正面のスーツの女の視線を感じながら。

「紅茶か」思わず言葉が漏れてしまう。

 正面の女は作り笑いのような微笑みをうかべて依頼人を観察していた。ジーパンにくたびれたグレーのパーカーを着た長髪の男が、紙コップに入った紅茶を両手に持って女のとなりに腰を掛ける。

「パトカーのサイレンが聞こえますね」長髪の男が言う。

「この辺もだいぶ物騒になってきたみたいで」スーツの女が笑顔でそう付け加えた。

 女の笑顔ほど信用できないものはない。依頼人の男はそんなことを考えながら、自分には全く聞こえなかったパトカーのサイレンについてどう答えて良いかわからず、顔をあげてむき出しになっているコンクリートの壁を見る。

「挙動不審だったねあの人」

 夢見は客が帰ったあとタクヤにそう言った。

「普通じゃない」

「そうかなあ」

 確かにあの手の男が増えていることは夢見も感じている。でもあんな男ばかりではないだろう。夢見は男の依頼に内容ついて再度考えてみた。

「あの人はパトカーのサイレンが聞こえたのかなあ」

「ミーちゃんには聞こえたの」

「もちろん聞こえないよ」

 タクヤはニヤニヤしながらパソコンに向かっている。

「ねえ、ご飯なににしようか」

「お向かいにも行ってあげないと」

 夢見は昼時でも客がまばらな向かいのラーメン屋のことを言う。

「味は悪くないんだけどね」

「場所が悪いのか」

「探偵事務所には悪くないけどね」

「でも、あたしは探偵事務所の窓からは外が見えるイメージがあるんだけど」

「川が流れていたりとか」

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