第8話「握りを掴む」

「正面が指揮しきしつの出入り口です。左右のとびら連絡艇れんらくてい専用せんようの格納庫でおもに緊急時の脱出に使用します」

 あれ?先生の表情が暗くなった気がするけど何か嫌な思い出でもあるのかな。


「さあ!指揮室に入りますよ。ついてきなさい」

 扉が開いた時には元気ハツラツな感じの先生だったので私のおもごしだろ。今は聞くわけにもいかないし。



 何回か隔壁かくへきを抜けると白っぽい円形の部屋に出た。ぐるりと壁中かべじゅうに機器が並んでいて何か表示されている。

 天井はゆるやかな丸みがある。床は全面に段差が無く部屋の中央に孤島みたいに台があるだけだ。


 そうだ座席なんかいらないとか先生が話してたけど、ほんとに腰掛こしかけひとつ無いや。これは困ったな、ちょっときびしくないかな立ったままってのは。



 先生は指揮室のなかへ歩いて行き台の上に両手をついた。ただの台ではなかったらしく何かの映像が浮かび出した。

「セブン、状況じょうきょうはどう?」

「今のところ問題ありません。艦長」

 それから実習生の方に向かって手を振って、早く入ってくるようにうながした。


「好きな所にいていですよ。どの装置に触れても動作しませんから気兼きがね不要です」

 先生は手で示して私たち実習生をかべの方に誘導ゆうどうしていたが、そうは行きません私は先生がいる中央の方を目指した。


 周りを見回しながら先生に気になったことを質問してみる。

「座席とか体をささえる物が無いみたいですけど?」

「ありますよ。ほらわれ手元てもとを見てみなさい」


 手もと?先生は手をパッと開いて、ゆっくりにぎりなおす。台の上に手を乗せていたのではなく取っ手をつかんでいたのだ。

「皆さんの前にある操作盤にも色々な握りが装備そうびされています。手袋で吸着きゅうちゃくもしますから試してみなさい」


 確かに私の目の前にも先生が使っている物とデザインは違うが、った形のハンドルがある。よく見れば台の側面にも掴まれる所が幾つもあった。


「もしかしてたい衝撃シヨツク防御ぼうぎょって、これを握っているだけですか?」

「そうですね、あとは靴を床に吸着して全身でれを乗りこなすのです。この様に柔軟じゅうなんな動きで」


 先生は右や左に上や下に斜めに前後にと踊るように体を動かしている。私も真似まねしてやってみるが、うーむわけが分からないぞ雲を掴むようなとは丁度ちょうどこんな感じだろう。


「先ほどの通路において慣性かんせいで体が流されましたよね」

「はい止めるのに苦労しました」


戦闘せんとう機動きどう中は、あの様な事が色々な方向と瞬間しゅんかんに起きます。砲撃をけるために複雑な回避運動かいひうんどうをするからです」

 そんなのにえるなんて私には絶対に無理だと思うな。


 しぶい顔で頭を振る私に向かって先生が笑いかけてくる。

「しかし今回の作戦は違うのです。砲撃を避ける必要はありませんからね。

 戦艦の動きは限られています。皆さんが気をつける必要があるのは、本艦が加速や減速する時と方向転換ほうこうてんかんする時です」

 なるほどー。そうなると私にも何とかなるかもしれないか。


「そうです皆さんが練習してきた基礎的な動きで十分に対処が可能なのですよ。

 例えば、先ほどの通路に曲がり角が何か所かあったとします。いそがしくはなりますが作業は同じ事のかえしですよね。

 今の皆さんなら何も問題なく対応できるでしょう?」

 もちろんですとも、それくらいなら楽勝だよね。よっしゃ、どんとこいだー。



「セブン、機動きどうの内容を事前に声明しなさい。出来ますね?」

「はい問題ありません。艦首の方向を基準きじゅんにして加速と減速、床面を基準として左右 旋回せんかい、上下旋回と呼称こしょうする計画です」


 先生は指先をちょっとあごの先にあてて何か考えてから前を指さした。

「皆さん、私が向いている方が艦首かんしゅです。セブン、正面に艦首方向の観測映像を表示しなさい」

「了解です」


 壁面に長方形の窓が開かれたかのように宇宙が映し出された。この映像を前方向の目印にするわけか。

 そう言えば指揮室にも無いな。こちらに乗り移ってから外の景色を見ていない、宇宙戦艦には窓が全く無いみたいなのだ。



「さあ想像しながら体を動かしてみましょう。皆さん準備は良いですか?」

 私はハンドルを握りこみ足を肩幅かたはばほどに開いて床に吸い付かせて、さあ来いと気合きあいを入れて先生の目を見る。


「本艦が右旋回します。体は左に流されました。右手でしっかり掴まって左足でります。まだ旋回は続いていますよ、耐えながら次の機動にもそなえましょう」

 先生の向かい側にいる私には左右が逆だ。もちろん動きは先生に合わせる。


「次は加速しました。体が後方に引っ張られます。両手を強く握って放さない、足もすくわれない様に吸着します。

 そのまま上旋回です。下方に引き付けられますよ。床に腰を下ろしてもいですが直ぐ立ち上がれないほど脱力だつりょくしない事」


 ありゃりゃ、ばれてらー。私はハンドルを掴み直して周りに気づかれない様にゆっくりと腰を上げかまえ直した。



「艦長、予定時間です」

「実習生の皆さんは自習していなさい」

 折角せっかくやる気になった所だったのに腰をられてしまった。まあまあコツは掴めたような気がするから良しとするかな。


 もうそろそろ管理局の戦闘機が岩塊に攻撃をしかけるころなのだろう。絶対に成功してもらいたい私の平穏へいおんな実習のために。

 まるでいのるような格好かっこうにでも見えたのか、握りを掴んで神頼かみだのみしていたら誰かに笑われちゃったよ。

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