第7話「慣性と惰性」

 私たち実習生は格納庫での自習を切り上げて通路を移動している。目的地は指揮しきしつだ、ちょっといそいでいる。


 軌道きどう管理局の無人戦闘機が岩塊の処理を始めるまでには、まだ時間的な猶予ゆうよがあったので、この時間を実習生の心に余裕よゆうを作るための準備にてようと皆で決めたのだ。

 つまりこれから宇宙戦艦の指揮室で実地じっち練習れんしゅうするわけだ。



「艦長、緊急きんきゅうの為に指揮室への通路にも移動装置を導入どうにゅうしましょう」

「予算に余裕よゆうが出来るまで贅沢ぜいたくは敵ですよセブン」


「了解です。ですが、せめて指揮室に艦長専用の座席を設置してはどうでしょうか」

「専用席など必要ありません。指揮は立ったままで出来ます。これは戦艦乗りとしての矜持きょうじかかわるのです」


「・・・艦長。現在ではその様な不文律ふぶんりつ慣習かんしゅうは存在しません。正規軍でも着席するのが通常です」

「え?よもや宇宙軍が、そんな不甲斐ふがいない有り様になっていようとは」



 遊泳ゆうえいの速度が最も遅い私を先生が引っ張って移動しているので宇宙戦艦の端末と話している声が筒抜つつぬけだ。

 先生は軍の古臭ふるくさい伝統みたいなものに思い入れがあるらしい。だけど古参こさんの軍人でもあるまいし妙な話しだな、私なら楽な方がいいと思う。わざわざ先生に言ったりしないけどね。


 

 気を取り直した先生が通路を移動しながら説明を始める。

「我々が向かっている指揮室とは宇宙戦艦の頭脳ずのうと言えるでしょう。艦隊戦を行う際には全戦艦を統括とうかつする中枢部ちゅうすうぶとして艦隊司令が指揮をる場所になります。 

 そして、指揮室には戦艦用の加速度かそくど制御せいぎょ機構きこうが装備されています。戦闘 機動きどうによる衝撃しょうげきから皆さんを守るには、指揮室に居てもらうのが最善さいぜんなのです」


 指揮室も見学予定に入っているが、戦艦は止まっている前提ぜんていだ。戦闘指揮をする部屋の雰囲気を味わうダケだったのだ。

 これから戦艦が動き出すかもしれないと思うと・・・。まずい想像しただけで心臓がドキドキしてきたぞ。


 端末が出しゃばってくちをはさんだ。

「セブンの分析ぶんせきですと機関きかんしつの加速度制御機構の場合、人間は数日ほど意識不明になる程度と推定します。

 また格納庫で機材と同様に人体を固定した場合は、骨や内臓などが損傷そんしょうする可能性があり原形の保障ほしょうはありません」


 ビックリした私は思わず大声でさけんだ。

「いい加減にしなさい!それ普通に死んでるからー」

 端末が発した無神経な内容にツッコミを入れてしまったよ。まあ機械に神経は無いだろうけど、ひど過ぎない?


「驚きました。セブンが我々艦隊の関係者以外と会話するなんて・・・。これからも仲良くしてくれるとうれしいです」

 会話になってませんからー。ぜんぜん仲良くもありませんし。何を見てたらそんな話になるんだろう不思議だ。


 やれやれ困った先生だ、やっぱり私がしっかりサポートせねばと思う。



 そう言えば私は何をしてたんだっけか?そうだ急いで指揮室に行かなくちゃ、宇宙戦艦が動き出してしまう。

「先生、今は急ぎましょう。早くたい衝撃シヨツク防御ぼうぎょの練習がしたいです」

「それはい心構えですね。では皆さん速度を上げますよ、ついてきなさい」


 先生が壁をって加速した。手も使ったみたいだけど見えなかった。グッと引っ張られる、ぐえ・・・。

 通路が次々ドンドン流れていく速すぎー。見てるだけの私が言うのも恥ずかしいけども、かなり恐ろしい。



 ほどなくして先生が大声を上げて注意を呼びかけた。

「そろそろ減速を始めなさい!急には止まれませんよ」

 まだ指揮室は見えないが先生もスピードを落とし始めた。靴は床に、手袋を壁にわせてブレーキにしている。今度は逆方向に引っ張られる私、ふぐぐ・・・おのれ慣性かんせいめ。


 指揮室らしいとびらが付いている隔壁かくへきが見えだした頃には、私と先生のスピードはかなりおさまっていた。


「手を離しますよ。あとは自分でやってみなさい」

 先生は私を残して通路を戻って行く。他の実習生を手助けするためだろう。


 私は壁に手を伸ばしたが、姿勢をくずしてしまい足が床に着く方が早かった。バタンとお尻から床に倒れるが、まだ止まらない。隔壁に向かって床をすべって行く。

 靴と手袋で床を吸着して抵抗ていこうしてみるがダメだこりゃ~。隔壁にキスするまで止まらなかった、むぎゅう。



 だいぶん床やら壁にこすり付けたのに、手袋や宇宙服も靴底さえ汚れていない。

「宇宙戦艦の中って奇麗きれいなんだな。それとも材質のせいかな?顔から突っ込んだわりに痛くも無かったしな」

 立ち上がりながら体を見回して感心していたら、実習生の集団を押し止めようとしている先生が見えてきた。


 思わずダッシュで助けに向かう。しかし直ぐ失敗に気づいて後悔こうかいするはめになった。勢い付け過ぎたー。

 ヤバイぶつかる惰性だせいおまえもか!ブレーキブレーキ。


 ボフンと集団に衝突しょうとつしたが、ここは知らぬ顔で押し通さねばはじ上塗うわぬりになる気がする。

 絶対ごまかす!いやいやそうじゃなくて止めてみせるぞー、がんばれ私。


 皆で力を合わせた結果だろう、何とか指揮室にぶつかる前に止まれた。めでたし、めでたしだ。

 遅れてきた実習生も到着して全員集合した。誰も気にしてないと思うけど、隔壁にめり込んだのが私だけだった件については内緒ないしょにしておいた。



「無理をしたわりに移動時間は変わりませんでしたね。加速して短縮したぶん、減速に時間が必要になった為です。

 この通路の様に直線部分が長い所を遊泳する場合は・・・」


 せっかく先生が説明してくれているのに、もう私の関心は目の前に見える隔壁の向こうに移っていた。

こまったなー。対ショック防御も上手く出来なかったらどうしようか)

 ただし惰弱だじゃくな方向に。

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