第6話「自習の幕間 」

 幕間まくあい セブンのつぶやき(1)


 艦長が格納庫に戻ろうとする頃合ころあいを見計みはからっていた様に、司令から通信が入った。いやたんなる偶然だ。

 最新型の情報総括系インテリシステムである妹分セブンを出し抜いて、当艦の指揮室をのぞき見るなど不可能である。



「何か不都合ふつごうがあったみたいじゃない?コモン准将じゅんしょう

「問題ありません、ジモン司令しれい。体験実習は順調に進行中です」

 ジモン司令はテイトク艦隊の筆頭ひっとう司令だ。当艦の建造時にかかわったかぎりだが、時おり意味不明な発言をする人物だ。


「そうかい?実習生は指揮室に居ないみたいだけど、ほうっておいちゃダメじゃないか」

「現在は自習時間です。計画通り、余裕よゆうを持っての行動です」

 艦長の主張は正しい。格納庫での自習は「宇宙体験実習しおり」の時間割表に明示されており、時間的ゆとりも想定以上である。



「その調子なら、急に仕事が飛び込んで来たとしても何とかなりそうじゃないか。よしよし」

「司令、飛び込みの仕事とは緊急事態きんきゅうじたいなのですか?」

くわしくは送っておいた。うちで受ける事になりそうかなあと僕は思ってるけど、まかせちゃっていいかい?」


 直ぐに司令から受領した状況じょうきょう資料を分析ぶんせきし、概要がいようを艦長へ転送する。未来予測では軌道管理局で処理が完了する案件あんけんだ。


「了解しました。われが引き継ぎます」

「では健闘けんとういのる。なお、このテープは自動的じどうてき消滅しょうめつする」

 司令のらぬ一言ひとことに艦長が即座に反応を見せた。


「はい今の録画をチヅル司令に転送しておきますね」


 チヅル司令とはテイトク艦隊の次席じせき司令だ。艦長の直属ちょくぞく上司でもある。おだやかな人物なのだが、ジモン司令に対しては容赦ようしゃがないところもある。


「え?何、ちょと待って・・・」

「訳の分からない事があったら記録して送る様に、チヅル司令と約束しているのです。特にジモン司令の言動について」


「こんなに早く?おたくらもう同盟してたのかい。さみしーい!」

 艦長から教わった。チヅル司令の故郷では、これを自業自得ジゴウジトクと言い表すそうだ。情報総括の資料に加えておく事にした。



 幕間 セブンの呟き(2)


 ジモン司令から送られてきた資料の内容は、監視かんし宙域ちゅういきに進入した漂流物ひょうりゅうぶつ動向どうこうについてであった。


 当艦で詳細に摸擬もぎ試行しこうしたが、やはり軌道管理局で対処可能な規模の岩塊という分析結果である。ジモン司令には未来予測みらいよそくを信頼してもらいたい。

 また例え管理局が失敗したとしても、待機中の正規軍の艦隊が処理すべき案件でもある。


「艦長、すでに軌道管理局は相当数の無人戦闘機を投入しています。正規軍もひかえていますので問題ないと予測します」


 戦闘とは、管理局が軍の戦闘と区別する為に使用している呼称である。今回は遠隔操作式であるので無人としている。当艦より一回ひとまわりほど小さく防御装備は脆弱ぜいじゃくだ。


「セブン、我々の任務は対象が脅威きょういでなくなるまで警戒けいかいする事です。それと正規軍はたよりにしません。もしもの場合は本艦で対処します」


「艦長それでは、正規軍から抗議こうぎを受ける可能性があります」

「あの規模の目標に対して正規軍が出動するとは考えにくいです。我々が率先そっせんして受ければ内心では喜ぶことでしょう」


 宇宙戦艦の主力武装である粒子りゅうしほうは撃つ度に消耗しょうもうしてゆき一戦いっせん終われば交換する事になる。

 今この宙域で待機している正規軍の戦艦は、次の艦隊戦にそなえて取換とりかえ整備された新品の粒子砲を装備している。

 そして、敵と戦う際に万全ばんぜんすべきであり、石ころを消し飛ばす程度の雑事で粒子砲を傷物にしたくないと考える。

 正規軍とは妙なところが慎重しんちょうにして計算高い組織のようだ。


「ただし粒子砲を使いたくないのは我が艦隊も同じです。

 赤字をける為に、攻撃には管理局の無人戦闘機を借用しゃくようしましょう」

 今回の作戦で艦長が動員できる戦艦には、先の戦闘で消耗した粒子砲が装備されたままである。この中古の砲を使い切ると交換費用が発生して赤字が確定する。


「目標が分散ぶんさんした場合には、火力不足が予測されます」

「そこはわれの仕事です。セブンには戦闘機の制御せいぎょを任せます」


 軌道管理局が岩塊の処理に失敗した場合の手順を艦長と相談して決定した。出撃の準備も開始する。

 収支を改善する方法についても情報収集している。艦長の作戦に貢献こうけんする事がセブンの存在意義そんざいいぎなのだから。



 格納庫に戻った艦長は、実習生を集めて状況を説明した。実習生の処遇しょぐうと作戦への理解を要請する為である。

「軍の事情に巻き込んでしまう事を謝罪しゃざいします。しかし宙域の危険を見過ごせません。自習時間が短くなりますが協力を願います」


「つまり、先生が戦艦で仕事に出かけるかもしれないと」

「はい、われかんですが可能性は高いと考えています」

 もちろんセブンは艦長の判断にしたがいます。未来予測など艦長の勘に比べれば占い以下であると断定です。


「その時に備えて私たち実習生は、観光船に乗り移って待つか、先生と一緒いっしょに戦艦に居るかを選ぶわけですね?」

「そうです。観光船では状況を画面で見学するだけです。

 一方、我と同行すれば軌道管理局が処理に失敗した場合はともに出動する事になります」


「先生、直接の戦闘が無いにしても戦艦が動けば、それなりにれるんでしょうね?」

「はい揺れます。管理局の無人戦闘機を制御する為に、ある程度は接近する必要があります。

 また、目標の挙動きょどうしだいですが加減速は避けられません。しっかりつかまってえるしかありませんよ」



 実習生達は集まって相談していたが、じきに結論を出した。

「お願いいてもらえますか?先生」

「はい何でしょうか」


「私たちに酔い止めを下さい!」

いですよ。では皆さん、アーンしなさい」


 彼らのひらいたくちに艦長が錠剤じょうざいを撃ち込んでいく。

 シュパパパパー!ぱっくん。艦長、全弾命中ぜんだんめいちゅうです。


「これって美味おいしかったんですね。とっても飲みやすいです」

「ラムネ味と言うそうで、我も大好きなんですよ」

 艦長は嬉しそうに顔のそばで薬箱をシャカシャカ振っている。艦長の嗜好しこうは重要事項だ情報総括に加えた。



 実習生は全員が艦長と同行する道を選んだ。まあこれが最も効率の良い選択だ。乗り換えの無駄は発生しないし、観光船を稼働かどうする動力も必要ない。


 ほんの少しだけ軌道計算時の手間が増えるだけなので、ちょっと彼らの体に掛かる負荷ふかを減らすくらいの工夫はしてみる事にしよう。

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