第5話「端末と対話」

 通路の先はざされていて行き止まり状態じょうたいだ。先生が隔壁かくへきに向かって何かつぶやいている。

 やがて声が大きくなり、実習生の私達にも内容がハッキリ聞こえだした。



 先生はコンコンと指先で軽く隔壁をたたいた。

「セブン、格納庫かくのうこの整理を終了してこの隔壁を開けなさい」

「艦長、格納庫の準備は完了しています。隔壁の解放かいほうには認証にんしょう作業さぎょうが必要です」


 コツンとひたいでも当たったような音が聞こえた。どうも先生は戦艦の端末と何やらめているみたいだ。



 先生がチラッとこちらを振り返り、短い溜息ためいきらした。

彗星三号コメツトサン、ハーイ」

 先生は胸の辺りで何かしたようだが、私達からは背中越せなかごしでまったく見えなかった。


「ブッブー!認証失敗しました」

 遠慮えんりょのない下品な音と、やり直しを求める音声が流れる。先生が大きく長い息をいた。



「コメツトサーン。 はーい!」

 今度は、ハーイと言いながら顔の前で大きく手を振っているのが後ろからでもよくわかった。


「ピンポン!ピンポーン!成功です。格納庫を開きます」

 乗りが軽くて調子のいい音がして、隔壁が動きだした。先生は・・・少々そっとしておこう。


 私は例のポーズを思い出すとゆるんでしまうっぺを持ち上げて、きわめて真面目まじめな顔を維持しつつ、先生が立ち直って私達の方に振り向くのを待った。



 向き直った先生は笑顔で元気に切り出した。

「ここは艦載機かんさいきの格納庫です。本艦で最も広い区画くかくを解放しました。船外活動の代わりに、この空間で宇宙遊泳を楽しんもらえるとうれしいです。

 艦載機などの機材は触れても問題ありません。トイレはそこと、向こう側の壁にもあります。

 では、しばらく自習時間にします。解散かいさん!」


 それぞれ思い思いの方に遊泳して行くのを見ていると、一番いちばんひとを集めているのは二本足でうで二本と頭も付いている青い人型機械のようだ。

 まさか実体ではないと思う。立体映像でかざり付けているに違いないが、ちょっと気になる。


 人型兵器なんて何に使うのか聞いてみようと先生の姿を探すと、小さな通路に入って行くのが見えた。


 ☆

 ☆☆

 ☆☆☆


 小通路での会話


「セブン、実習生の監視かんしと安全確保を最優先さいゆうせんしなさい」

「了解です・・・一名、近い将来に問題になる対象たいしょうを発見」

「セブン!すぐ安全を確保なさい」

「艦長、対象は安全です。実習生は解放区画での自由行動を許可されています。設定を変更する場合は認証作業が必要です」

「もうっ!われが保護します。対象は何をしているの?」

「・・・艦長を追跡していると予測します」

 


 やっと追いついたと思ったら、逆にせされてたと言う感じだろうか。先生がこちらを向いて立っている。


「どうしてこんな所まで来たの?他の皆さんは格納庫ですよ」

 あれ?ご機嫌斜きげんななめな感じがするぞ。これは不味まずいいな。


「すいません。自習時間ですから先生に質問をしたいなと思って追いかけてきました」

 思わず両腕を高くげて降参こうさんしたみたいな格好かっこうになった。


「そうだったのですか、困りました。今は時間が取れません。

 認証にんしょう暗号あんごう初期しょき設定せっていのままなので早急に変更したいのですよ。

 われ不手際ふてぎわが原因なので心苦しいのですが」


 おっと情報ゲット、ここがぎわかな。 

「気にしないでください。先生の思うようにした方がいいですよ(ちょっと残念だけど)。私は格納庫でみんなと宇宙遊泳の練習をします。ではこれで」


 私は自分のかんを信じて、急いで通路を引き返した。思いのほか奇麗きれいにターン出来たのではじをかかずに済んだ。これも練習の賜物たまものだろう。



 私は格納庫に戻ると個人端末に書き込みをする。

「先生が初期設定だった認証暗号を変更するってさ

 ハーイのポーズは見納みおさめかー残念」


「あれデフォルトだったのか

 先生イジメられてんじゃね?」


いじられてるだけだろ反応が初々しいからイジメたくなる」


いじめてるじゃないですか

 この人です保安官さん」


「まあ初心者あるあるだな

 毎回アレをするのもきびしかろう

 ものが軍艦でもあるしな」


「新人の仕事みたいなもんだよ

 失敗してコツを覚えるのも注目されるのも慣れていくのも」


「だね・・・・・・」

「・・・」


濃紺のうこんの人型機

 映像で誤魔化ごまかしてたゆめ見させんなよな~」


「やっぱ残念だよねー」

「・・・」


 さっと情報交換をしてから、私も広い場所での遊泳を楽しむことにした。いや違った、練習をがんばったのだった。


 ☆

 ☆☆

 ☆☆☆


 指揮室での会話


 彗星型すいせいがた番艦ばんかんぼしの指揮室において、認証暗号の変更作業は手順通りに行われた。


 艦長は結果を確認した後に不審ふしんそうに首をかしげて、セブンに見解を求めた。

「艦長、認証暗号の変更は確かに成功しています」


「司令が・・・、何か仕掛けていたりしなかった?」

「艦長、その様な事は司令にも不可能だと考えます」


「そう、その通りです。我の考えすぎでしたね。司令を疑うなんて、どうかしていました」


 この件にりたらしい艦長は、ねんために他にも類似した事例が隠れていないか、艦隊全体で確認作業を行い満足な結果を得た様子だ。



「艦長、暗号変更の件について情報が拡散かくさんされました。機密漏洩きみつろうえいとして処置すべきであったのでは?」

「その件については必要はありませんよ。しばらくの間は我の指示に従って情報じょうほう総括そうかつの作業を継続しなさい。

 そうしていれば、我がどうして軍事機密でないと判断したのか、そのうち理解できるようになりますよ。妹分セブン


「了解です。艦長ねえさま

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