第3話「宇宙で実習」 

 基地に入ると広間ひろまであった。

歓迎かんげい 宇宙職業能力養成学校 実習生の皆さん]と手書てがきされた板が壁にけてある。


「これから標準ひょうじゅん宇宙服に着替えてもらいます。更衣室は個室ですので心配しないでね。

 この入口から案内の通りに進みなさい」


 先生は三ツ もんが白くあざやかにえる紺色こんいろの薄い布をヒラリとめくって指し示した。



 通路を進むあいだに自動で体格たいかくが測定されて宇宙服が用意されていた。これを受け取って個室に入り解説画像を見ながらの練習をした。私でも直ぐに覚えられた。

 そして体にピッタリしているけど動きやすく着心地もい。


 私物しぶつ収納しゅうのうだなにしまい手荷物は無くした。実習には身軽な方がいいだろう。

 顔と暗号を登録し更衣室を施錠せじょうした。



 順路を進むと広場ひろばにでた。中央に円卓えんたくがあり画像が表示されている。見学けんがくした基地や湖の立体地図だ。


「宇宙服に違和感いわかんがある人いませんか?些細ささいな事でもかまいませんよ」

 先生が宇宙服の着付きつけの確認をして回っている。


「ヘルメツトは無いのですか?」

 先生も用意していないが聞いてみた。

「今回は艦内での実習ですので必要ありません。毛髪もうはつの長い人には網帽子ネツトが支給されていますね」

 ちょっと残念な気もするが、あきらめるか。


標準 宇宙帽ヘルメツトも用意できますが、個人負担になります」

 ううっ、高そうだな小遣こづかい的に無理だろう。

「いえいえ、いりません」

 あわてて身振り手振りもつけてお断りした。

「それがいですよ。我々は戦闘中でも着けません」



 パンパンと先生が手をたたく。

「皆さんの宇宙服に不具合は見つかりませんでした。次は、こちらの画像に注目!」

 円卓の地図が動きだし、ここから湖に向かって矢印が伸びて軌道きどう搬送塔エレベエタに行き着く。その上に軌道 管理局かんりきょくと宇宙発電所が表示される。


「今日は軌道エレベエタを利用して加速かそく、軌道管理局の近くを通過し、艦隊駐留かんたいちゅうりゅう軌道に向かう進出しんしゅつ航路になります」

 計画された進路が示される。未来予想によると帰りは、ここに直行するようだ。


帰還きかん航路では宇宙発電所が見えるように調整する予定ですが、あまり期待しないでね」

 運が良ければ見えるかもって程度なのだろう。



「さあ連絡艇れんらくてい搭乗とうじょうしましょう。人工湖に係留けいりゅうしていますのでしばらく歩きますよ」

 地上を歩くのかと思ったら違った。通路が宇宙船まで続いていて、一人乗りの丸い床板ゆかいたが運んでくれる。ほとんど歩かなかったよ楽ちんだ。



 宇宙船の中は床が青色で、座席と壁や天井は白だ普通ぽいな。窓は閉じられているようだ。

「座席に深く腰掛こしかけなさい。宇宙服が座席を吸着きゅうちゃくしたのが分かりましたか?不十分に感じる人は座席帯シイトベルトを使用しなさい」

 確かに引っ付いているのが分かるけど、念のためシートベルトも着用した。


「次は靴です床に吸着していますか?しっかり靴底を床に付けてみなさい」

 足踏みしてみると、足が床に着いたり離れたりする感覚がみょうに面白い。

「手袋も吸着しますよ確かめてみなさい。宇宙船の内装ないそう表面ひょうめんは、宇宙服で吸着できる様に加工されているのです」


 おお、それはつまり!

「先生、宇宙では天井てんじょうを歩いたり出来るのですね」

「はいそうです。、実習中は床を移動する練習をしましょうね」(ニッコリ)

 すかさず答えてくれた先生の視線しせんさってる(チクり)刺さってるよー。(チクチク)

「はい!もちろんです先生」(ふひー)



 先生が私たち実習生を見回してから座席に消える。

「これから軌道エレベエタに接近し、加速装置カタパルトへ接続します。席を立たない様に」


 私はググっと身構みがまえた。座席へ体を吸着、シイトベルトを確認。両足も床に吸着。手で肘掛ひじかけをつかむ。

 私だって学習したのだ、ガツンと加速しても今度こそ驚いたり叫んだりしない。ちびったら宇宙服のオムツもあるし。


 だんだん体が後ろに傾いて今は上を向いている。地上で見た軌道エレベエタは垂直だった、もうすぐアソコを登るのかな。



「気分が悪くなった人はいませんか?」

 座席から立ち上がった先生が全員の顔色を見て回る。

「この連絡艇の加速度かそくど制御機構せいぎょきこうは良好ですね。衝撃は小さくても酔ってしまう人は多いそうですよ。それとも皆さんが優秀なのかな?」 

 先生が手をかかげると宇宙船の天井が開いてゆく。

「ようこそ宇宙へ!これからが体験実習の本番ですよ」


 地表が遠ざかって行くのが見える。あれれ、いつの間にこんな所まで、加速とかれは?

 宇宙船が回転すると丸い物が近づいてくる。あれー、私の覚悟かくごとか緊張感きんちょうかんは何だったの・・・。


 ボーとしていると先生が耳元みみもとで、私だけにささやいた。

「大丈夫そうで良かった。みんなと一緒に楽しんでね」

 はれー耳が幸せ過ぎるー。私が宇宙を楽しめるのは先生のおかげだよ、ありがとーう。



「軌道管理局は、最終防衛線さいしゅうぼうえいせんだった要塞ようさいを改修したものです。かつては特別製の要塞砲も設置されていた戦略せんりゃく拠点きょてんでした。

 今は入国管理がおもな業務で、戦闘は駐留ちゅうりゅう軌道に配備された艦隊の仕事です」

 私達は出国しないので管理局に寄る必要もないわけだ。


 ながめた感じゴツゴツした分厚ぶあつい円盤だ。軌道エレベエタみたいに実際の姿が見えているとは限らないけど。



 管理局の軌道を離れ、次は宇宙戦艦がたむろしている駐留軌道を目指している。

「皆さん宇宙 遊泳ゆうえいしたいでしょうが、それは広い空間がある戦艦まで我慢がまんですよ。ここでは歩く練習をしましょう」

 いや、だが、しかし、私には早くためしたいことがあるのだ。


「先生、トイレを使ってみたいです」

 先生は、ちょっとほほに手をてて話しだした。

「そのまましてもいですよ」

 えー!それは先生あまりにも、ご無体なお言葉では。


「ちょ、いや、それはダメですよー」

「ああっ、そうでしたね。謝罪します。オムツの秀逸しゅういつさを体験して欲しくて、また失敗しました」


 先生はションボリした・・・。しかし、すぐ立ち直った。

「オムツ体験は希望者きぼうしゃだけにしましょう。経験者として絶対に推奨すいしょうしますよ!」

 私は賛同する意味でコクコクうなずいた。自分から進んでオムツにしたいのではない。


「トイレの使用を承諾しょうだくします。ただし床から足を離さない事。しおりに描かれた惨事さんじは・・・」

「絶対しませんので安心してください先生」



 便器べんきの洗浄水や手洗い液そしても、たぶん地上で重力じゅうりょくにまかせるより確実に、便器の穴に吸い込まれていく。

 宇宙で生活するのに必須ひっすと噂に聞く錠剤じょうざい、アレの低重力での誘導効果ゆうどうこうかを確かめたかったのだ。

 この威力いりょくならば、まず飛び散ったりしないだろうから安心して用が足せるというものだ。


 それにしてもオムツに出すとか、とんでもない目にあう所だったけど、私にしては上手うまことわれた。

 これも体験実習の成果せいかという事にしておこう。

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