第76話 スタンピード3

 やまださんが放ったファイアーボール……。

 

 もはやファイアーボールと呼んでいいのかわからない、巨大な火球。

それが起こした大爆発の余韻が、ジリジリと大地を焼いていた。


 地面のところどころがガラス状に変化した様を見るに、その威力の凄まじさを痛感する次第だ。


 ――レベル57の魔法。


 それ自体がすでにイメージする魔法の枠を超えて、ある種の近代兵器ではないかという思いが脳裏をよぎると同時に、やまださんの背中に冷たい汗が流れた。



「やまだ殿、これは魔法と呼んでよいものだろうか……?」



 たわわさんこと、マリエールさんがうわ言のように声を漏らす。


 やはりこの威力、この世界でも非常識だったようで。

わるい事をしていないにも関わらず、なんだか後ろめたい感じがマシマシ。


 だからか、



「マリエールさんと戦場を共にすると思うとどうにも、注ぐ魔力にも力が入りすぎてしまったようで。ははっは……」



 よくわからない言い訳に、力がこもってしまったのは仕方がないことだろう。



「っ……」



 どうしよう、たわわさんの反応がかんばしくない。


 さすがに調子にのりすぎたか。

アラサーのフリーターに、こんな臭いセリフを言われて嬉しいはずがない。


 むしろ気持ち悪いと思われているかもしれない。

社会的地位が好感度に直接作用することは、長いフリーター生活で痛いほど知っている。


 ……間違いない。これ以上、嫌われる前にこの場から逃げなくては。



「では、私は先へ進みます」



「あっ……ああ、残党は任せてくれ。それと、やまだ殿っ……」



 会話もそこそこに、逃げるようにその場を後にした。







 迷宮都市のダンジョン群は、都市を覆う壁の外側に広がっている。


 現在確認されている数は9つ、そのうち踏破されたものは4つだそうだ。


 やまださんが踏破した『境界の回廊』を除いて、残りすべては伝説的な冒険者であるジョン・スミスが成し遂げた偉業だと、冒険者通のローズさんが語気も荒く語っていた話だ。


 しかし、肝心のジョン・スミスは現在その行方が知れないという。


 一説には、最難関のダンジョンに挑んでいる最中だとか、また冒険者を引退して故郷で幸せに暮らしているなど、様々な噂が飛び交っているがどれも想像の域をでないものらしい。


 やまださん的には今すぐにでも現れて、この事件を解決してほしいのだけれど。

けれども、現実はそうそう上手くはいかないように出来ているらしい。


 そして、今回の原因であるスタンピードの発生源となっているダンジョンはというと。


 ジョン・スミスが踏破したダンジョン『欲望の大口』のようだ。


 蔦に覆われて全貌を見ることは叶わないが、大きく開いた口を模した彫像に下へ続く階段。

その特徴的な外観は、ローズさんから話し聞いたものに酷似している。


 それに今もそのダンジョンの入り口からは無数の魔物があふれ出ているのだから、およそここで間違いないだろう。


 なにが原因でスタンピードが発生しているかわからないが、まずは内部に入って確認しなくては対策の打ちようがない。


 もし、やまださんの手に余るような事態であるのならば。


 ……そのときは、そのときだ。


 冒険者会館に逃げ帰り、ハゲマッチョに責任を丸投げするしかない。

あとは軍隊やら、騎士団やらがなんとかしてくれるに違いない。


 といっても頼みを聞いてしまった以上、やる事はやらないとな。


 アイテムパックさんからとり出した戦斧を握り、ゴブリンにオーク、その他よくわからない形状をしたものが、玉石混交ぎょくせきこんこうとした魔物たちに切りつけていく。


 そのどれもが、やまださんが振るう戦斧に容易に倒れていった。


 それもそのはず、魔物のステータスを確認すれば、自身の三分の一以下しかないのだから当然の結果かもしれない。


 しかし、肉を切る生々しい感覚というものは、中々慣れるものではないようだ。


 今までは必死で戦っていたので、感じる暇もなかったのだが。

なまじ余裕がでてきたせいか、やまださんのナイーブな心をジクジクと刺激する。


 人の形から大きく離れた魔物はまだマシなのだけれど、形が人に近いものは少し罪悪感を感じてしまうのは、本能的になにか訴えてくるものあるのかもしれない。


 入り口からあふれ出てくる魔物を粗方退治し、一息ついた頃。


 足元には切り伏せられた、おびただしい数の魔物の死骸が散らかっていた。

切り口からこぼれでた臓物からは、悪臭が発ち込め鼻腔を刺激する。


 込みあげてくる酸っぱいなにかを無理やり飲み込みつつ、それらを踏み越えてダンジョンの入り口へと向かう。


 人の鼻から下を模した彫像、大きく開いた口の中には下へと続く階段が見える。

蔦が深く多い茂り、入り口部分までしか見ることは叶わないようだ。


 とはいっても、大きさから判断するに顔全体は作られていないように思える。


 なんとも、不気味さを覚える外観だろうか。


 最初に遭遇したダンジョンがこれだったら、潜るのにもっと躊躇していたのかもしれない。


 足元には、ざらざらとした石材とまばらについた苔。

ダンジョン内は外よりも気温が低いらしく、動かして熱を持った体に心地いい。


 視界に表示されたダンジョンのステータスによれば、ここの適正レベルは16。

自身のレベルと比べてみてもその差は歴然としている。


 よほどのアクシデントがない限り、命の危険はないだろう。


 たまに出くわす魔物を片付けながら下へと降りていく。

どうやらスタンピードのピークは過ぎたらしく、出くわす魔物の数はめっきり少なくなっていた。


 入り口から続く通路を抜けた先に広がるフロア。


 このダンジョンの第一階層だろうか、野球場よりもやや広い空間が目の前に姿を現した。

所々に壊れかけの遺跡らしきものはあるが、目ぼしきものは見当たらない。


 もちろん人影も、魔物の姿もだ。


 原因はこの階層ではなくて、さらに下にあるのだろうか。


 周囲に気を配りながらも奥へと進む。

フロアも半ばを過ぎた頃、人の手が加わった痕跡を見つけた。


 それは≪焚き火≫の痕だ、それも暖や調理に用いるような一般的なものではなく。

素人目でもハッキリとわかる、怪しげな儀式の痕跡としか見えない代物だった。



「これがスタンピードの原因か……」



 誰に聞かせる訳でもなく呟いた言葉、



「ふむ、そのようだのう……しかし、まぁ。こんな古臭い骨董品のような道具を使う人間が、まだいたとは驚きじゃ」



 それに応える幼げな声。


 手に持った戦斧を強く握り、咄嗟に振り向くと――


 そこにいたのは幼い容姿とは裏腹に、ふてぶてしい態度で焚き火痕を眺めるアリナリーゼさん。



「なっ……!!」



 やまださんが見せた反応がよほど面白かったらしく、クリクリとしたお目々を一度大きくさせかと思うと、腹を抱えて笑いだした。


 ナイーブな心のHPが目減りしたいく感覚で待つこと、しばらく。


 一頻り笑い終えたアリナリーゼさんが、やまださんの太ももをパンパンと叩きながら、



「――はっはは、お主のようなつわものの虚を突けるとは、妾もまだまだ捨てたものじゃないのう」



 なにが彼女の琴線を触れたのかわからないが、とても上機嫌の様子。



「少しばかり買い被りではないですか? 私を驚かせることなど、それこそ誰にでもできそうな事と思いますが」



「ふふふ、そう謙遜しなくてもよい。しかし、お主は自身の評価が低すぎるのではないか?」



「ご冗談を。それにしてもアリナリーゼさんは、なぜここへ?」



「ふむ、なにやら騒がしい気配にっ……おっと!」



 会話の途中、我々に向かって直刃のナイフが飛来する。

その軌道上にいたアリナリーゼさんが、それを難なく避けてみせた。


 さすが、古種。言葉が指す意味はまったくわからないが。

そう思えるだけの風格が、このちっこい体から滲み出ていた。



「どうやらこの者が騒ぎの原因かのう……」



 目線の先には黒衣を纏い、フードを深くまで被った不気味な男だった。


 その佇まいはまるで、陽炎ように揺らめいて掴み所のないように見える。



「――よもやあの数を乗り越えてやって来るとは思わなかったぞ。くっくく……しかし、好都合だ。裏切り者と姫を護る厄介者を一緒に葬れるとは」



 そう言った男の声は、酷くしわがれたものだった。

 

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