第75話 スタンピード2
笑顔って、すばらしい。
他者に不快な思いをさせないばかりか。
居心地の悪さやプレッシャーからも、自身を守る防波堤にもなるのだから。
だから只今、やまださんの顔には満面の笑みが浮かんでいる。
そして、走っている。全力で。
オッサン一歩手前。アラサーのやまださんが笑顔で疾走とか、絵図的にやばい。
だって、完全に不審者のそれだもの。
もし、現代日本の街中で見かければ、通報されかねない。
しかし、この世界では……
「おい、マジかよ……こんな鉄火場で笑ってやがるぜ」「俺はちっとも不思議と思わないぜ、なんせあのルーキーなんだからな」「くっ……これくらいは奴にとっては、お遊びってことか」
それを見ていた冒険者さんからは、などのお言葉を頂戴した。
もうこれはアレだ。やまださんの評価が迷走しまくっている。
これに尾ひれがついた日には、目も当てられない。
そのうちやまださんは、人間をやめてしまっているかもしれないな。
「もうダメにゃー! 死んじゃうにゃー!!」
おっと。
どこかで聞き覚えのある声に目を向けば、絶体絶命のピンチ。
尻餅をついた状態で、魔物に襲われる間際とか。
さすが、ピンチに定評のあるエリザさんだ。
「あっ、やまだにゃーっ!! た、たすけてにゃーっ!!」
どうやら、こちらに気がついたご様子。
いくら急いでいるからといっても、さすがに無視するわけにもいかず。
やまださんは、走ったままの状態で。
アイテムパックから『始まりの剣』と名のついた戦斧を、振りあげた手の中に出現させて。
それを魔物目掛けて、振り抜く。
ゴブリンをひとまわり大きくさせた、醜悪な魔物。
その上半身が水風船が弾けるように消えると、経験値を獲得したことを知らせるポップなメロディーが流れた。
そして、慣性の法則が乗った戦斧を勢いそのまま、アイテムパックへチェックイン。
さすがはアイテムパックさん、期待通りの活躍だ。
これで走る速度を下げることなく、魔物を倒すことができたぞ。
様々な物を収納できるだけでもすごいのだけれど、任意の場所に出し入れできちゃうとか。
応用次第では、可能性が広がりんぐ状態ではなかろうか。
「あっ、ありがとうにゃー! この恩は忘れないにゃー!」
そんなことを言っていても、魚の干物には負けるくせに。
なんて思いつつも、涙目のエリザがあげる感謝の声を後にして走り続けた。
街の外れ、ダンジョン群の境界にある此処は、普段であれば屋台に賑わっている場所だ。
それが今は、スタンピードの最前線。
コミケ一般参加の物量を思わせる、魔物たちがひしめき合っていた。
それをなんとか抑えようとしているのが、冒険者の皆様方。
しかし、多勢に無勢。苦戦を強いられているように見て思える。
ここが崩れてしまえば、街への被害がどうなるかは想像に難くない。
「やまだ殿っ!」
ゆれるたわわこと、マリエール・ホワイトシープさん。
パーティーメンバーを率いて、戦いながら前線の指揮をとられているご様子。
持っている剣が冷気を帯びていて、魔剣士みたくちょっとカッコいい。
一体、どんな魔法なんだろう。
中二心をゾクゾク刺激するこの感じ、やまださんも使ってみたい。
右手に焔、左手に氷結とか最高にクールだと思うの。
「これはマリエールさん、大変なことになっていますね」
「……ああ、これは想像以上の数だよ」
などと、お話途中も攻撃を続けるたわわさん。
切りつけた先、瞬く間に氷が魔物を覆うとその動きを完全に停止させる。
見れば数十体を軽く超える、氷の彫像があちらこちらと並んでいた。
そんなクリーチャーな彫像を見て、一つ疑問が浮かんだ。
「なんともすごい魔法ですね」
「ああ、これか?
知識が正しければ、アイテムなどに魔法効果を与える術のことだろう。
「なるほど、
と、やまださんの疑問に。
たわわさんは、
「結果は同じさ。例えコレを使ったとしても、貴殿との実力差は埋めれないよ」
「それは、わかりませんよ?」
「いいや、わかるさ」
そう言ったたわわさんの笑顔は、気持ちの良いものだった。
さてと、そろそろやまださんもお仕事をしなくては。
それにしても、この数だ。
一体一体、切りかかって進んでいては、ダンジョンに辿り着くだけでも一苦労だ。
今は一刻を争う事態、どこまで効果があるのかはわからないが。
ここもう、魔法でどーんとやっちゃおう、どーんと。
右のおててを上に向けて、念じる。
曰く、ファイアーボールさん来てください、できれば大きいやつで。
ずずっと体から魔力っぽいやつが、吸いあげられる感覚に成功の予感マシマシ。
頭のうえで、轟々と燃えさかるファイヤーボールさんに目を向ければ。
……おっと、これはやばい。
想像の数倍は、大きいサイズのファイヤーボールさんがこんにちは。
どうやらやまださん、発注書の桁を間違えをしてしまったようだ。
しかし、だからといって納品されてしまった以上、返すわけにはいかない。
廃棄ロスとは、戦わなければならない宿命にあるのだ。
「やっ、やまだ殿っ!?」
近くにいた、たわわさんが素っ頓狂な声をあげる。
「どうしました? マリエールさん」
「いや……その、邪魔をするつもりは毛頭ないのだが。
しかし、だな……貴殿の頭上で燃え盛っている巨大なそれは、なんだろうか?」
「ええっと、これはファイヤーボールですが」
さすがに少しばかり大きいとは思うが、納品されたこれはファイヤーボールに違いない。
もしかして、この世界では寸法の大きさによって、名称が変わったりするのだろうか。
出世魚みたいに。
「ふぁっ、ファイアーボール!? そ、そうか……うん。貴殿が言うのであれば、そうなのであろうな」
納得したのかしていないのか、複雑そうな表情をするたわわさん。
動きが完全にフリーズしてしまっている。
しかし、いつまでもファイヤーボールを浮かべているわけにもいかないので。
冒険者がいない地点目掛けて、ぽいっと。
ややって、重々しい響きとともに、大量の魔物を巻き込んで大爆発。
パラパラと落ちる砂埃、焦がすような熱風が肌を撫でた。
そして、視界が晴れた先にあったのは、地形を大きく変えたクレーター。
――これがレベル57のファイヤーボール。
数百体は優に超える魔物を、一撃でほぼ壊滅させてしまうなんて。
その威力に、やまださんドン引き。
チラリ、横目で伺えば、あんぐりと大きくお口を開けたまま微動だにしないたわわさん。
そのお仲間も同じように、引きつった顔をしているご様子。
それもそのはず、魔法の知識が乏しいやまださんでもわかる。
この威力はやばいって。
「ま、まぁ……こんなものですかね。はっはは……」
乾いた笑い声は、巻きあがった風に乗って空の彼方へと消えていったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます