第71話 ギルドマスター
「――俺か? ……俺は、この都市のギルドマスターだ」
やだ、この凶悪な笑顔を浮かべている人ギルドマスターだってさ。
絶対に
「……パードゥン?」
「ぱっ、ぱーどん?」
「いえ、何でもないです。忘れてください」
「おう、そうか……」
「それでギルドマスターさんが、私に何か御用ですか?」
そう言うと、
やまださんに熱い視線を向ける目は、愉快なものを見たとばかりに細くなった。
もしかして、ソッチの気があるのだろうか。
いや、それはちょっと困る。
女性方面ですら新品未開封の自分としては、余りにも未知の世界だと思うの。
「驚いた。これだけ肩を掴む手に、力を入れているのに、顔色ひとつ変えないとはな……」
確かにしっかりと肩を掴まれてはいるけど。
それはどちらかというと、肩を揉んでいる時のような心地良い感じだ。
だから、
「はっははは、さすがは超大型ルーキーだ! さぁ、いこうか」
パンッと一度、背を叩き腕を肩にまわす
これはもう、完全にマブダチの雰囲気。
ウェーイですか、ウェーイしちゃうんですか。
しかし、流されるまま行った先にめんどくさいことが、待ち受けているのは目に見えている。
ここはひとつ、ノーと言える日本人にならなくては。
「すみません。この都市に帰ってきたばかりで、まだ済まさなくてはいけない用事が残っていて……」
「ああ、わかっている。なぜなら、帰ってくるまでずっと張っていたのだからなっ」
まじかよ、完全にロックオンされているわ。
一体、どこで身バレてしまったのだろうか。
ダンジョンを踏破した時点で、『レコード』と呼ばれている石碑にその名前が刻まれるのらしいので、その辺りは仕方ないとしても。
この迷宮都市に、やまださんの名前と顔を一致させることの出来る知人など、片手で数えるほどだ。
などと、考えていたら。
「に、にゃーは干物なんかに負けてないにゃーっ……」
半分だけ開いたドアから顔だけ覗かせて、震える声をあげるエルザさん。
どうしよう。この子、アホな子かもしれない。
犯人が判明したことで、一気に脱力感が襲う。
もういいや、素直について行ってさっさと済ませてしまおう。
と、思ってしまうほどに毒気が抜かれてしまった。
「ま、そういうことだ。なぁーに、ギルドマスターと懇意にして損はあるまいよ」
「ま、待ってっ! 私達も行くわ!」
という事になった。
半ば連行される形で歩くこと、十数分。
どうやら目的地はギルド会館であったらしく、現在その前に立っている。
大通りに面した木造二階建て、それがこの迷宮都市のギルド会館だ。
その扉を
観音開きの扉が、ギイィと木を軋ませた。
昼間だというのに、ギルド会館の中には想像よりも多くの人間がいる。
格好を見れば冒険者なのだろうが。
こんな昼間からギルドで、ウロウロしていていいのかと思わなくもない。
といっても、昼間からウロウロしているやまださんが、言えた義理ではないのだけれど。
「バカどもが噂を聞きつけて、集まってやがる」
さすがギルドマスター、こんな強面の方々をバカ呼ばわりである。
ちょっと、やまださんは真似出来そうにない。
レベル的には上なのかもしれないけれど、そういう問題ではなく精神的に宜しくないのだ。
「……噂ですか、それは一体どんな噂ですか?」
「ああっ? お前さんのことだよ」
ギルドマスター曰く、噂の渦中はやまださんらしい。
どうしよう、一気に有名人の予感。
サインの書き方とか、練習したほうがいいのだろうか。
いや、待て。良い噂ばかりとは限らない、もし、悪い噂だったらどうしよう。
そう考えると、ギルド内に皆様方の視線が痛い。
ちょっと、胃がキリキリする。
ここはひとつ、フリーター生活で培った営業スマイルでやり過ごすしかないな。
「……ほう。これだけの視線を受けて身動ぎしないとはな」
ああ、これね。営業スマイルっていうのですよ。
現代日本人の固有スキルってやつです。
「アレが噂の超大型ルーキーか」 「見てみろよ、これだけの人数に見られてるというのに、えらく堂々としてやがるぜ」 「ばかやろう、あの境界の回廊を踏破せしめた冒険者だ。それぐらいの度胸は持ち合わせているだろうよ」
「しかし、ここらで見ない顔だな」 「どうにも、遠方の大陸出身らしいぞ」「どうりで顔が平たいはずだ」「んだ、んだ」
などなど、そのどれもが好印象な感じ。
一部、どこで流れたのかわからないもの迄あるけれど。
「ねぇ、貴方。有名人じゃない」
ローズさんが耳元で囁く。
ちょっと語気が荒いのは、自身が冒険者に只ならぬ憧れがあるからだろうか。
「ええ、そのようですね」
だからか、そんなローズさんに言われてちょっとだけ嬉しい。
さて、ギルドマスターの後をついて歩くことしばらく。
向かった先は、ホールを過ぎて別館。修練場と、呼ばれる所らしい。
野外球場を一回り小さくして、木人などを設置すればドンピシャな感じだ。
「実はお前さんに、手合わせをしてほしい相手がいるんだが」
マスターが親指を指した先、一人の人物が見えた。
美しい赤髪をポニーテールに結んだ美人さんだ。
強い意志を秘めた瞳、豊穣の神から祝福を受けたとしか思えないたわわをお持ちである。
思わず二度見を決めてしまうほどの、実りに実った、たわわだった。
「もしかして、銀狼のリーダー、じゃないかしら?」
「有名な方なんですか、ローズさん」
「ええ、実物ははじめて見るけれど、間違いないと思うわ。彼女、この都市ではトップクラスの実力者じゃないかしら」
「たわっ……、それは凄い方なんですね」
思わず、たわわと言いそうになるのを寸でのところで堪える。
危ない、危ない。もう少しで、言ってしまうところだった。
たわわは、ひとまずたわわに置いておいて。
目の前の相手に集中しなくては、情報通のローズさん曰く。
この都市では相当な実力者とのこと、そんな相手に失礼があってはマズいだろう。
ややあって、ギルドマスターが口を開く、
「さて、コイツを紹介しよう。マリエル・ホワイトシープ、ウチのエースだ」
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