第72話 手合わせ
たわわこと、ギルドのエース・マリエルさん。
成り行きとはいえ、手合わせする運びになってしまったやまださん。
どうにかこれを回避できないものかと、無い頭で考えてみるが。
そんなこんなしている内に、
「急な呼び立てに応じてくれて感謝する、私はマリエル・ホワイトシープだ。宜しく頼む」
などと、挨拶されては、
「これはご丁寧に、私はヤマダ・タケシです。よろしくお願いします」
と、返すしかなかった。
「さて、お互い挨拶も済んだようだし、始めてもかまわないか?」
「ああ、かまわない」
「……はぁ、はい」
もうこれは完全に引き返せない雰囲気。
仕方ない、怪我だけはしないようにがんばろう。
渡されたのは、木剣が一つ。
それを持って、修練場の中心でお互いに構え合う。
なぜか、周囲には野次馬が集まっていてちょっとしたアウェー感。
そもそも、当然のように木剣をわたされたけれども。
やまださんが魔法使いとかソッチ系の人だったら、どうするつもりだったのだろうか。
なんて、思わなくもない。
しかし、渡された木剣を素直に構えてしまった以上今更だろう。
それに未だ、つなぎにバイク用プロテクターを愛用している自身の姿を
どちらかといえば、現場作業員。そちらのほうが余程しっくりくる。
今まであまり気にはしていなかったが。
ちょっとは、服装に気を使ったほうがいいのだろうか。
異世界であっても、TPOって大事じゃんね。
「ではっ、参る!」
おっと、もう始まってしまった予感。
たわわさんの体が、残像を帯びたかのようにブレる。
そして、気がついたときには、もうすぐそばまで迫っていた。
なにこれ想像以上に速いぞ、このたわわさん。
慌ててその動きに意識を集中させる。
すると、速かった動きも途端にスローモーションに早変わり。
だからか、その動きも容易に捉えることができた。
振り上げられた木剣、弾むたわわ。
振り下ろされるであろう着地点を、やや避けてみせる。
この紙一重感、最高にカッコいい。
木剣は予想通りのルートで地面に叩きつけられる。
切っ先が地面を抉り、砂埃を巻き上げた。
周囲を取り囲む野次馬から、ワッと歓声があがる。
「くっ、全力の一撃を避けられるは。ならばっ、これでどうだっ」
次に放たれたのは、横からの薙ぎ払い。
それを後方に飛んで避ける。
やはり、ここも紙一重。ちょっと、クセになってしまいそう。
たわわさんのピンと、伸びきった右腕。
ここチャンスと睨んだやまださんは、一足距離を詰める。
左下からの切り上げ。残影が歪むほどの速度で振られた木剣が生みだす風圧は、たわわさんの顔を舐めた。
そして、切っ先はわずか1センチで急停止。
アニメやラノベであれば、これで勝負ありである。
見てきた物はそうだった、だからこの世界でも、きっとそう。
……大丈夫だよね?
「これで満足していただけましたか?」
ドヤ顔で言ってみたものの、ダメだったらどうしよう。
恥ずかしさ満載だ。
ややあって、
「……ああ、完敗だ。まさか、ここまで実力差があるとは思ってもいなかった」
たわわさんが負けを宣言したことで、野次馬からさらに大きな歓声があがった。
ところ変わって、ギルド会館の一室。
その執務室と呼ばれた部屋が、やまださん一行に与えられた現住所。
執務机の前に置かれた一対のソファー。
中心にやまださん、左はローズ、右はクレアさんこんな塩梅だ。
向かってたわわさんと、その他一名(ギルドマスター)。
ゆらゆらと湯気を立てたお茶を前にして、その他一名(ギルドマスター)が開口一番、
「すまなかったっ! お前さんを試すような真似をして」
と、額をテーブルにをつけんばかりの勢いで頭を下げて見せた。
当初、頭突きでもするのかと心配になったほどだ。
「私からも謝らせてくれ。マスターに無理を言って、あの場を作ってもらったのだから」
続いて、たわわさん。
「いえ、謝罪には及びません。こちらも良い経験をさせて頂きましたので」
「そうか、そう言って貰えて助かる」
などと、たわわさんとの会話を楽しんでいたところ、
横にいたローズさんがやまださんの肩を、人差し指でチョイチョイと。
「……なにか、いつもと対応が違うわね」
そんなまさか、顔に出してまったのだろうか。
おそるべし、たわわ。
「いつも通りですよ、ローズさん」
「ふーん、ならいいのだけれど」
ややって、
「コホン、謝罪ついでとは何だが、もうひとつ言わせてくれ」
と、ギルドマスターさん。
少しばかり、居心地がわるそうに口を開いた。
「ギルド会館占拠の件について、解決してくれた事をマスターとして感謝する」
ああ、ハゲマッチョのやつね。
完全に忘れかけていたわ。
「その礼として、このゴールドクラスの冒険者証を受け取ってほしい」
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