第62話 聖女2
「……一つ尋ねたい。聖女様の傍にいる者は何者ですか?」
先程までとは打って変って、修羅場のそれ。
この短時間の間に彼の中で、一体どんな心境の変化があったというのか。
しかし、目の前の彼は今にも射殺さんとばかりに、俺を睨みつけている。
どこで、どんなトリガーをひいてしまったのかわからないが。
ターゲットを、ロックオンされてしまった予感がひしひしと伝わってくる。
おいおい、マジかよ。どしよう、これ。
きっと、彼を何とかしたところで、後からワラワラと出てくるパターンでしょ。
クックック……、ヤツは清鎖派四天王でも最弱云々。
絶対にメンドクサイやつだわ。
おっと、クリスティーナが何か言うようだ。
「どうやら、これ以上は騙し
終始、一ミリたりとも騙せてはいないけどな。
どこからそんな自信がきたのか、やまださんにちょっと教えてほしい。
「貴方が言う通り、私は聖女クリスティーナです。しかし、それはもう過去のこと。私の後、次代の聖女が選ばれたと聞きましたが」
そう語ってみせる姿は、いつものと違ってちょっと凛々しい。
これが仕事モードのクリスティーナなのだろう。
普段の感じもわるくないが、意外な一面がこうグッとくるぞ。
これがギャップ萌えというやつなのあろうか、だとすれば今、完全に萌えている。
新しい自分を再発見しちゃってる。
「我々、清鎖派はあの女を聖女だと認めていません」
「……それは教皇に反するということですか?」
「神の御心に従うのみです。それは教皇ではない」
おっと、まだ真面目な話しは続いているようだ。
少しばかり緩んでしまった表情を戻して、耳を向ける。
「では、……仮に認めないと言うのであれば、どうするというのですか?」
「もちろん排除します。教皇だとうと、聖女を詐称するあの女だろうと錆びは落とさねばなりません」
おう、おう。これはヤベー奴等だ。
こちらの世界で、教会がどんな組織かはわからないが。
教皇と名がつく以上、トップじゃないとしても、それ相応の地位にあるはず。
それを一派閥が排除するなんて言葉を簡単に出してくる辺り、その狂信さが伺える。
クリスティーナが言っていたことも、あながちオーバーではないかもしれない。
そうとわかれば、こんなヤベー奴等とは今すぐにでも、おさらばしたほうがいいだろう。
触らぬ神にナントやらだ。
「お話し中あれなん……」
「傍にいる者は何者かと聞きましたね、それを答える前に一つ。聖女に与えられた役目はなんですか?」
やまださんの会話は、被せられたクリスティーナのそれに掻き消されてしまったようだ。
どうしよう。何か重要そうな話のようだし、ここで再度声をあげようものなら、完全に空気の読めない人間じゃんね。
それにまわりの様子を見てみれば、ローズやクレアさんも黙って二人のやりとりを見ているようだし。ここは一つ、それに便乗しよう。
もし、次も流されでもしちゃったら、やまださんのお腹が痛くなっちゃう。
「聖女の役割それは、大いなる信仰の光を示し民を正しき道へ導くこと。もう一つは、
……聖女クリスティーナ。清教騎士団、団長であるこの私に教義を説こうというつもりですか?」
「そう、救いの
「ま、まさかっ……」
ビッと、伸ばされたクリスティーナの手が俺を指す。
「ごしゅ……いえ、この御方こそ。主神がその出現を予言された救いの御手なのです」
「っ……!!」
驚きを浮かべる清派の彼、さらに驚きを浮かべるローズとクレアさん。
そして、一番驚いてるのはなにを隠そうこの俺だ。
「ま、まさかっ……この男が、救いの御手だと言うのですか。聖女クリスティーナ」
「ええ、その通りです」
「いや、しかしこの様な凡庸な男が……」
話題の中心であるはずの俺が、何故か、完全に置いてきぼりである。
だがあえて、ここは空気になろう。俺は空気になれる男だ。
時間単位で給料を得るフリーターにとって、空気になりきるということは即ち、余計な仕事を押しつけられないことを意味する。できる男はこうやって日々の勤務を乗り切るのだ。
まぁ、できる男はフリーターなんぞやってはいないけどな。
「聖女の言葉が信じられませんか?」
クリスティーナの問いかけに、イケメンは押し黙る。
重い空気があたりを包む。
しかし、空気と化した俺にはノーダメージだ。ヘへんっ、ざまーみろ。
「……ね、ねぇ。あなた大変なことになっているけれど、大丈夫かしら?」
傍に近寄ってきたローズが、小声で話しかけてきた。
お、おい。やめろ、いま俺は空気なんだ。現実に引き戻そうとするんじゃない。
「救いの御手といえば、教会以外でも、その名を広く知られた名誉ある職です。以前選ばれたのは先の大戦だったでしょうか」
クレアさんまで、俺を引き戻そうとするのか。
俺は自由を愛する、フリーター様だぞ。
そんなワケのわからない物に、縛られたくはないんだ。
きっと、ブラックなカンパニー以上に、過酷な労働を強いられるに決まっている。
福利厚生、老後の安心よりも自由であることを選んだフリーターに、首輪をつけられると思うなよ。
などと、のたまっているうちにも状況は変化していく。
イケメンの後方から聞こえてくる足音。
数人がこちらへ駆けてくるようだ。
「アッシュ! 無事かッ!?」
どうやら、イケメンの名前はアッシュというようだ。
見た目もイケメンなら、名前もイケメンらしい。
アッシュの元へ駆け寄ってきたパーティーメンバーは三人。
どれもこれもが、アイドル顔負けのイケメン揃いでやまださんとしては悔しいばかりである。
そして、おう。どしたことか。
三人が三人とも、腰に掛けている剣を抜いて切っ先を俺に向けるではないか。
駆けつけてきた一人、金髪のロン毛が口を開く――
「……やはりこの男。聖女についた錆かっ!」
よし、逃げよう。もう、付き合ってらんねーわ。
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