第63話 聖女3

 もう付き合ってらんねーわ。


 やまださんは逃げるぞ。

こんな修羅場からは、とっと逃げてやるんだから。


 といってもさすがに、パーティーメンバーを置いて一人で走りだす訳にはいかない。

さらに目の前には剣を抜いたイケメンどもが。それも、その切っ先は俺に向けている。


 さすがに大蛇のお腹から出てきた彼は、剣を抜いてはいないようだけど。

しかし、この障害物を何とかしなければ、上手いこと抜け出せないのではないだろうか。


 ここはひとつ、信頼のアイコンタクトでタイミングを合わせてヨーイ、ドンするしかないだろ。



(クリスティーナ、クリスティーナ……)



 やまださんのつぶらな瞳を、ぐわんぐわんと動かせてアイコンタクトを送る。


 おっ、気づいたようだ。


  クリスティーナは、俺のアイコンタクトに真剣な表情で頷きを返す。


 続いて、ローズとクレアさんにも。


 ぐわんぐわんと。


 クリスティーナと同じように、真剣な表情で頷きを返すローズとクレアさん。


 さすがは、パーティーメンバーである。

この短い期間でも確かな絆ってやつが、俺達の間にはちゃんと生まれていたらしい。


 ややあって、クリスティーナが声を張る。


 いやいや、張っちゃダメでしょ。



「控えなさいッ!! あなた達が剣を向けている相手は、この聖女クリスティーナが認めし、救いの御手です。今すぐその無粋な剣を降ろしなさい」



 ダンジョンに響く、凛としたクリスティーナの声。


 ……おう。全然アイコンタクト通じてなかったわ。



「アッシュ?」



「俺も先ほど聞いたばかりだ。……とにかく剣を降ろせ」



 その言葉で、イケメンどもが俺に向けていた剣を降ろす。

アッシュと呼ばれた王子様系イケメンはきっとパーティーリーダーなのだろう。


 短いやりとりだったが、そういえるだけの雰囲気があった。



「聖女クリスティーナ、貴方がそう言うのであれば我々はそれに従いましょう」



「わかれば良いのです。敬虔な使徒アッシュ」



 ニコリと微笑むクリスティーナの姿は、聖女のそれだ。

場所がダンジョンではなく、教会や聖堂などであったら神聖さを感じていたかもしれない。



「 しかし、そこの御手は灌頂かんじょうを経てなったワケではありません」



「……何が言いたいのですか?」



「聖女クリスティーナ、我々も貴方の意思は尊重したい。

だからといって、清鎖……いえ、教会としてはハイそうですかと認める訳にはいきません。

ですから、この話は一度持ち帰り、報告をさせて頂きます」



 どうやら荒事なく、お帰り頂けるようだ。

となれば逃げだす必要もなく、あとはイケメンどもを気持ちよく見送るばかりである。


 さぁ、お帰りはあちらですよ。



「ちょ、ちょっと待ちなさいよっ!」



 と、ここでローズさんが吠える。


 え、なんでだよ。せっかく、上手いこといきかけてたじゃん。



「……君は?」



 アッシュがローズに向かって鋭い視線を送る。

しかし、そんな視線など意に介せず、とばかりに口を開くローズさん。



「わたしはグレース王国第一王女、シャーロット・グレースよっ!」



「……っ」



 イケメンどもがざわめく。


 「おいおい、マジかよ」「なんでダンジャンなんかに王女が?」「本物か?」


 とかなんとか、そんな感じ。


 ローズの後ろから前へ出たクレアさんが、その豊満に実った胸元から何かを取りだす。

プルンと揺れる双丘から姿を現わしたそれは、キラリと光る印ろ……ではなく、黄金製のブローチ。


 楕円形に王家の紋章なのか、黒く光沢のある細かい細工、さらにその中心部には赤い大きな宝石が、太陽の陽を受けて輝きを放っていた。



「これが王族の証、ロイヤルワラントです」



 と言うと、クレアさんはブローチを掲けてみせる。

それを受けて驚きの表情を浮かべるアッシュ。



「その魔結晶に紋章、確かにグレース王家の物……」



 その言葉に満足したのか、一つ頷いてローズが口を開いた。



「ええ、そのグレース王国第一王女がこの彼を救いの御手と認めるわっ。それでもまだ文句があるのかしら? もし、これ以上彼を侮辱する気なら許さないわよ」



 ……マジかよ、やまださん侮辱されていたの。


 衝撃の新事実だわ。



「シャーロット王女の言う通りです。あなた方の態度は御手に対するものとは到底思えません」



 クリスティーナも続く。


 どうやらやまださんは、本当に侮辱を受けていたらしい。


 全然、気がつかなかったわ。

むしろ、お帰り頂ける事に喜びすら感じていたよ。


 片や王女様、もう片方は聖女様ときて、俺はフリーターだ。


 これが社会経験の差というやつなのか。

まさか、異世界に来てそれを感じるとは思ってもいなかったわ。



「確かにシャーロット王女、聖女クリスティーナが言われる通り、些か礼を欠いていました」 



 などと、言うが否や。

イケメンどもは、息を合わせたように膝を地につけ軽く頭を下げる。


 その姿が優雅だなんのって。

やられた側であるやまださんが、ちょっと悔しくなってしまうのは何でだろうね。


 これがイケメンの、アクティブスキルってやつなんだろう。


 やっぱイケメンってズルいよな。



「しかし、我々も教会にその身を置く者。一存では判断しかねるのもまた事実……」



「まぁ、いいわ。帰って聖女の神託をこのシャーロット・グレーズが認めたと伝えなさいっ」



 堂に入った王女様モードのローズがそう言い放つと。

イケメンどもは短く「わかりました」と返事を返して、ダンジョンの出口に向かって帰っていった。


 これでようやく、ダンジョン攻略を進められそうだ。


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