第61話 聖女

「……おっ、お前は誰だっ!」



 という前に、大蛇のお腹から現れたお前が、誰だよ状態なのですがそれは。


 しかし、目の前の当人は至って真剣なご様子であるからして。

さて、この状況をどうしたものかと考えたやまださんは、まるっと有りのまま説明することに。


 かくかくシカジカ、まるまるウマウマ。


 説明自体は簡単で、数分もかからずに終えることが出来た。

曰く、あなたは倒した大蛇のお腹から出てきました云々。


 内容は簡単でも、ショックは大きいようで当初の勢いはまるでなくなってしまった。


 かくも、現実とは残酷なものである。



「そうか……では、助けてもらったということか。なのに、その恩人である貴殿達に声をあげてしまって申し訳ない」



 説明が上手く伝わったようで何よりである。

些細な行き違いから、大きな問題に発展などよく聞く話だ。


 とくに、ダンジョンような命の危機がすぐ傍にある場所なら尚更だろう。

問題の芽になりそうなモノは、早めに取り除く。それがパーティーリーダーの役目だって。


 以前、読んだラノベにそう書いてあったもの。



「ところであなたは何故、大蛇のお腹の中に入っていたのかしら?」



 何故ってそれは、食べられちゃったからだよローズさん。

誰も好き好んで、蛇のお腹には入らないと思うよ。


 もし、入った人がいたとしても、それはそれで相当ハイレベルだと思うわ。



「……それが、大蛇の魔物を目の前にしたところまでは記憶があるのだが。それ以降は……」



「なるほど。しかし、大した怪我もなく、大蛇の腹から無事に出てこれたのは幸運なことでしょう」



 と、やまださんからのアフタフォロー。


 最近、こういった細かい気遣いが出来るようになってきた気がする。

もしかして、もしかすると。このやまださんにも、モテ期なんてものが来ちゃうかもしれない。



「ああ、確かに貴殿の言うとっ……なっ……!?」



 ここで、男の目線が俺からクリスティーナへ移った。


 すると、どうだろうか。


 伏し目がちだったものが、クワッと開かれる。



「せ、聖女様っ……!!」



 ははん。この反応でやまださん、思い出しちゃった。


 この男アレだ。ダンジョンの入り口で、クリスティーナに声をかけていたあの王子様系イケメンだろ。

確か名前はシルバー、シルバー……、シルバーソードだったか。


 あっ、これは勝手につけたパーティー名だ。


 本当のお名前は何と言うのだろうな。



「まさか。聖女様が率いるパーティーに命を救われるとは……これも我が神のお導きか」



 おう、今度はブツブツと何やら言いだしたぞ。

大蛇の体液か、胃液かわからないけど。何かしらそういった愉快な成分が含まれているのだろうか。


 だったら、回復魔法の一つでもかけてあげるのも吝かではない。



「……ご主人様、ご主人様っ」



 近寄ってきた、クリスティーナが耳元で囁く。


 その際に、吐息が耳に当たって背中あたりがゾワゾワと少し気持ちいい。



「チャンスです……仲間のいない内に、ってしまいましょう」



 おうふ。リアルに吹きだしてしまったわ。


 このクリスティーナさんは一体全体、何を言っているのだろう。



「……クリスティーナさん?」



 驚きの余りに思わず、「さん」づけになってしまったじゃない。



「あの者達は危険・・です。もしかすれば、ご主人様やローズさん達までも被害が及ぶかもしれません」



 なにそれ。めちゃめちゃ物騒じゃないですか。



「……そんなに危険なのか?」



「ええ。彼らは教会の中でも、さらに過激な思想を持つ清鎖せいさ派と呼ばれる組織に属する者たちです。その信仰に対する姿勢は狂……」



「ちょっ、ちょっと待ってくれ。クリスティーナも知っているように、こっちの世界はあまり詳しくないんだ。もう少しわかりやすく説明してくれないか?」



「も、申し訳ありません、ご主人様。まさかこのような場所で会おうとは思っていなかったもので、少しばかり焦ってしまったようです」



「ああ、それはいいんだが。さっき言った教会というのは、特定の神又は人物を信奉する人達の集まり。その認識で間違いはないかな?」



「はい、それで間違いありません。その教会中でも彼らが所属する清鎖派は、聖女の守護者を称する者達の集まりです」



 クリスティーナのジョブは、聖女である。

そして、彼はその聖女を守護するグループに所属している。


 というならば、味方ではないのか?


 なのに、チャンスだからってしまおうなんて物騒な言葉が出てきたのかサッパリわからない。



「それがどう危険と繋がるんだ? 聞いた感じだと味方のように思えるけど」



 と、質問を投げかける。


 すると、クリスティーナは普段見せない険しい表情を浮かべて口を開いた。



「問題なのはその考え方で、彼らは余りにも潔癖過ぎるのです。それは狂信的と言ってもいいでしょう。もし、彼らがご主人様やローズさん方を聖女についた錆び・・と感じたとしたら、なんの躊躇もなく排除に向かいます。そこに強い弱いは関係はありません。彼らにとって、自身の命すら、信仰の前ではとるに足らないもの。そう考えている危険な者たちなのです」



 どうやら思っていたよりも、過激な集団のようだ。

できれば、係わり合いを持ちたくない。


 しかし、どうしたものか。クリスティーナとの関係を説明しようとしても、色々とアレがアレなので、とてもじゃないが、上手く説明しきる自信なんてないぞ。


 それにだ、こちらの世界では新参者である俺には、どこにどの様な地雷が埋まっているかわからない。何気ない一言が大惨事なんてことも十二分に考えられる。


 もういっそ、逃げてしまった方がよっぽど楽なような気がしてきた。

フリーターの社会的責任の軽さと、ブッチ率を舐めんなよ。



「あの……話し込んでいるところわるいのだけれど」



 おう、ローズさん。どうしたの?


 声が聞こえる方へ振り向くと、ローズがなにやら神妙な表情で続ける。



「蛇の魔物のお腹から出てきた彼、ちょっと様子がおかしいみたいなのよ」



 言われるがまま、視線はローズから清鎖派のイケメンへ。


 すると、どうだろうか。


 今までの雰囲気とは一転、めちゃくちゃこちらを睨んでいるではないか。

その目線はまるで、今にも射殺さんばかり。ちょっと怖い。



「……聖女様」



「いいえ、私はせいじょっ」



 クリスティーナが言い切る前に、イケメンが言葉を重ねる。



「貴方がいくら否定したとしても、我々が聖女といえば聖女なのです」



 なんという有無を言わせぬ、ゴリ押し。


 それを受けて、クリスティーナも次の言葉が続かない。



「……一つ尋ねたい。聖女様の傍にいる者は何者ですか?」

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