第33話 境界の回廊5

「た、たすけてくださいっ、 た、たすけてくださいっ」



 通路の先から、あらわれた人間の少女。


 服は乱暴に乱され、よく見れば肌にはアザが浮かんでいる。


 その様子から、少女に何があったのは容易に予想がつく。


 こんなダンジョンの奥でこんな少女がどうして? と、思わなくもない。

だけど、今は保護することが一番の優先事項のはずだ。


 他の事は、後から考えればいい。



「もう、だいじょ……」



 と、言いかけた時だ。


 後ろにいたクリスティーナが叫ぶ。



「ご主人様っ、その子は魔物ですっ!」



 え、マジで。


 駆け寄ろうとした足が、ピタッと止まる。


 いや、でも。どうみても目の前にいるのは人間の少女。

しかし、こんな状況でクリスティーナが、冗談を言うとも思えない。


 ゆっくりと、後ずさる。


 次の瞬間、バキンッと、床の石が割れる音が鳴った。


 そして、飛び散る破片。


 目の前には、鎌のような形状に変化した少女の右腕が、床に打ちつけられていた。


 本当に魔物じゃんか。


 あぶない、あぶない。


 クリスティーナに教えてもらわなきゃ、あの一撃を受けていたかもしれない。


 よく見れば、先ほどまで少女の顔だったものが、今では酷く崩れている。

一部、少女の部分が残っているせいか、かなりグロテスクだ。


 出会い頭でこの顔に遭遇したら、悲鳴をあげる自信があるわ。

「きゃあっ」とか、乙女みたいに叫んじゃうよ、やまださん。


 しかし、この魔物は擬態で相手を油断させた所を、やっちゃう系か。


 大抵、そのタイプは耐久が低かったりするんだよな。


 これも、偏った知識によるものだけど。


 試しに、ファイアーボールを撃ち込んでみるのもいいかもしれない。


 何度も、撃ち込まれる鞭のような攻撃を、避けながら後退をする。

幸いにも攻撃自体は、避けれない速さではなかった。


 と言うよりも、逆にゆっくりと見えるレベルだ。

油断さえしなければ、まず、当たることはないだろう。


 クリスティーナがいる付近まで下がった所で、ファイアーボールを発動させる。

以前、試したせいか、自身の想像よりもスムーズに炎の玉が生まれた。


 ただ、その大きさは前回の手の平大と比べて、ずいぶん大きい。


 直径1メートルは、越えているのではなかろうか。


 これはレベルアップで大幅にあがったINTのせいだろう。

もしかしたら、予想よりスムーズに発動したのも、これの影響を受けているのかもしれない。


 突然あらわれたファイアーボールを見て、魔物が一瞬だけ怯む。


 その隙に、轟々と燃えるファイアーボールへ、命令を下す。


 といっても、脳内で描いた軌道を伝えるだけだ。


 そして、イメージを受けたファイアーボールが、ブルッと揺れたかと思うと、


 少女の擬態をした魔物へと放たれる。


 トレースするかのように、イメージ通りの軌道を描いて、ファイアーボールが魔物に着弾する。



「グユウウッアアアアッ」



 人と獣声が混ざったような不気味な咆哮をあげて、魔物が焼かれていく。


 距離が近かった為か、チリチリと肌を焼くような熱風がここまで伝わってきた。

それと同時に、肉の焦げる臭いが鼻につく。



 ファイアーボールが消えた後に残っていたものは、灰と魔石だけだ。

魔石をアイテムパックへしまいながら、クリスティーナに声をかける。



「クリスティーナ、よくあれが魔物だってわかったな」



「はい、この体になってからは、魔物と人間の違いがわかるようになって」



「なるほど、教えてもらって助かったよ。ありがとう」



「いえ、お役に立てて嬉しいですっ」



 よくよく考えてみれば、事前にしっかりとステータス確認をしていれば、擬態に、騙されることもなかったよな。


 今までが、上手くいっているせいか。

少しばかり、気が緩んでいるのかもしれない。


 どこで足を掬われるか、わからないダンジョンだ。

これはもっと、気を引き締めていかないといけないな。


 今一度、頬をパンッと両手で叩く。





 あの後、二度ほど擬態する魔物にであったが。


 どれも同じ少女の擬態だった為、ステータス確認で見破るまでもなく、遠目からのファイアーボールで撃退していく。


 擬態が通用しなければ、オークと変らない難易度の敵だ。

自身の弱さを、きっと、あの擬態で補っているのだろう。


 それでもさすがに、三度目ともなると苦笑い漏れた。

まるで、リピート再生するかのような登場が、悪い冗談かなにかと思えてしまう。


 この階層は、あの魔物のテリトリーなのだろう。

それ以外の魔物は、見ることはなかった。



 一番幅の広い通路を道なりに進んでいくと、階層の出口にあたるであろう豪奢な扉が見えてきた。


 左右の扉に、天使と悪魔を思わせる彫刻が施されており、その見事な細工に息を呑む。


 一頻り、扉の芸術とも呼べる細工を愛でた後に、両手で押し開く。



 ギィィィッと、音を立てて開かれた扉の先は、


 王座の間を、思わせる空間が広がっていた。



 そして、玉座には兜のない・・・・甲冑が鎮座する――。


 

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