第32話  境界の回廊4

 ピッ。



『フロアボスの撃破を確認しました。』



 ピッ。



『経験値取得にボーナスがつきます。1900の経験値を獲得しました。』



 ピッ。



『称号【金剛を破りし者】を取得しました。』



 お、なにか称号を頂いてしまったぞ。


 表示されたログの中から、取得したばかりの称号に意識を合わせて、説明文を浮かびあがらせる。



【金剛を破りし者】


 金剛の如く、硬いエンシャント・タートルの甲羅を打ち砕きし、破天荒者に与えられる称号。

VITに10%アップの効果を付与する。



 ……お、おう。


 てっきり、腕力パワーを試されているのだと、信じて疑わなかったけど。

もしかすると、他に正攻法がちゃんとあって、俺がやってしまったのは、完全なゴリ押しだったのではないだろうか。


 なんか、破天荒者とか説明文に書かれちゃってるし。


 素直に喜べない、この感じはなんだろう。


 まぁ、やってしまったものは仕方がない。

称号も貰えた事だし、気にしない方向でいこう。


 そう、俺はいつも、前向きな考えで生きてきたじゃないか。

だからこそ、この年までフリーターをやってきたのだけれど……。


 やばい、違う意味でHPが削れてしまいそうだわ。


 エンシャント・タートルの背から降りて、眺めているとオーク同様に、肉体がブクブクと溶け始める。

液状になった肉体は、やがて地面へと吸収されていた。


 そして、目の前に残ったのは粉々になった大量の甲羅と、一際大きな魔石。



「ご主人様っ」



 カタカタと骨を鳴らせてやってくるクリスティーナ。


 端から見れば、冒険者と魔物。


 しかし、そろそろこの光景にも慣れてきた。


 今朝のような、寝起きの不意打ちじゃなければ、もう大丈夫だ。

それに、よくよく見れば、愛嬌があってかわいいじゃないか。


 骨格もなんだか、小柄であるし。

なんだか、丸みを帯びている気もしないでもない。


 そして、美しい少女は、骨格まで美しいのかと思わせる流線美。


 ……イカン、イカン。


 こちらの世界で、色々と見てきたせいか。

価値観の崩壊……いや、ずいぶんと思考が、毒されてきた気がするぞ。


 おそるべし、ダンジョンと異世界。



「エンシャント・タートルの甲羅って、割れてしまうものなのですね……」



 エンシャント・タートルってのは、こっちの世界では有名なのだろうか。

それとも、クリスティーナさんが物知りなのか。


 たぶん、後者なんだろうな。

つい、スケルトンの姿に忘れてしまいそうになるけど、何て言ったって元聖女様だからな。



「硬そうに見えたけど、意外と割れるものなんだな」



「ご主人様なら、エンシャント・タートルであっても、倒してしまうと思っていましたが。まさか、あの硬さを誇る甲羅を割って、倒してしまうとは思ってもいませんでしたよ」



「そうなのか?」



「はい、エンシャント・タートルの甲羅は、ヴァルト鋼に次いで硬いと言われています。それを見事に砕いてしまうのは、さすがご主人様ですっ」



 褒められているか、なんなのかわからないのが、少しばかり気になるが。


 この際、それは置いておこう。



「まぁ……アレだ。せっかくの素材だ、頂いておこう」



 ゲームの中では、ボスからドロップする素材は大抵が、レアものだったりするのが鉄板。

まさかそれを、置いてなどいけるはずもない。


 エンシャント・タートルの魔石、それに粉々に割れた甲羅を片っ端からアイテムパックに入れていく。細かく割れたとはいえ、元があの巨大な甲羅だ。


 全て入れ終えるまでに、二時間ほどかかった。

それでも、容量を気にせずに、入れていけるのは本当に有難い。


 一仕事終えて、凝った体を伸ばす。



「ううっーっと、ようやく終わったか」



「ええ、すごい数でしたからね」



「ようやくこれで、前に進めるな。行こうか、クリスティーナ」



「はいっ」



 エンシャント・タートルがいた向こう側、次のフロアに続く階段へと向かう。


 黒い光沢のある大理石のような石材で組まれたアーチをくぐり。


 また、同じような石材で出来た階段を下へと降りていく。

壁には、光を放つ水晶がはめ込まれていて、その光源のおかげで足元が明るい。

 

 階段を降り終えると、さっきまでいたフロアとは違い、黒く光沢のある石材の床だ。

アーチや、階段に使われていた物と同じやつだろう。


 ダンジョン表層にあった遺跡群と、似た作りの通路を、俺とクリスティーナは進む。

途中、いくつか分岐はあったが、その中で一番幅の大きな道を選ぶ。


 体感で15分くらい歩き続けただろうか、前方から生き物の気配が近づいてくるのがわかった。


 歩みを止めて、いつでも応戦できるように警戒を強める。


 ヒタヒタと、まるで裸足で歩いているよな音。


 壁にはめられた水晶の光源が、少しづつ人物を照らす。



「た、たすけてくださいっ、 た、たすけてくださいっ」



 通路の先からあらわれたのは、服を乱暴に乱された人間の少女だった。

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