破:恐怖をトンチで吹き飛ばせ!
***
「一回仕切り直させてくれ」
「わたくしは山の如く寛大な心で受け入れますわ」
ひらりと両手を広げて笑む少女をほったらかしてぴしりと引き戸を閉めた安久雄、『いざとなったら売っぱらうと金にはなりそうだがまだ最後の一線を越える気にならない箱』なる茶箱をかき回し、取り出したのはあってよかった山姥除け。呪文や札字や加持祈祷、手練手管の脅かしを、あべこべにやり込める返事の仕方が連なった古い紙の紐くくり。
「オレはちょっと今からあんたを追い払う問答をやるがそこんところはどうだい」
「正々堂々とした態度は嫌いじゃありませんわよ。ぎゃふんとやられたら帰るのがしきたりでございますからね。但し、このわたくしを相手に、もしもつまらない余興をなさったら・・・」
「よしわかったやろう。えーと、真名は違うな西洋の方で、賽子振り?これがどう役に立つんだ?博打は身代を持ち崩すからしてねえ。この辺は寺だの術師だのが要るのか・・・いや待て待て、多分この頁だな。嘘だろこれ本当にや・・・・・ええいここより安い土地になんか越せるか!ここが正念場だ頑張れオレ!こほん」
別人のようにきりりとしまった表情から、与太郎のような心底情けない声音が飛び出した。
「ここには誰も居ねえよう、おらぁ竈が口きいてんだよう、けえっとくれよう」
「ああら御機嫌よう竈さま!居留守など使われても無駄でございますわよ!これこの道なりに。下草をたっぷりと踏んだ新しい香りがいたしますからね!お食事を煮炊きする所がどうして履き物などおあてになりまして?」
「おらその隣の下駄でよう、出来心でちっと持ち主のない間に表へ出たんだよう。おら食えねえよう、あんたに齧られたくねえよう」
「おっほほほ!ぼろをお出しになりましたわね下駄さま!こちらについているのは草履の跡ですの。下駄さんは一体どちらをお散歩なさったのかしら?」
「ああいけねえ、そしたらそれあ、ここへきた山姥のもんだあよ!ぐるぐるそこらを回ったんだよう、裏からどしどし上がり込んじまうよう、この家がしっかりと見たんだよう、ぶるぶるぶる、さあ足を見とくれ見とくれよ、あんたは一人でここに来ただよ!」
「
「ちょっと待て」
「まあ、どうなさいましたの。この続きは囲炉裏に化けて山姥を焼き殺したり、屋根に化けてお外へお逃げになったりと機転を効かして、まだまだお楽しみがあると聞いておりますわ。久しぶりに森の中で鬼ごとがしたいですわねえ。それにしても、命なきものを代わりに立てて身交わしをするなんて、今時懐かしいおまじないですわ。でもとってもお上手でしたわよ」
「三つ言いたいことがある。一つは山姥の追い詰め方はそんな探偵方式じゃないと思う、二つ目はこんな山の中に洋靴を履いてくる奴があるか、三つめは・・・・・三つめは、こんな茶番をしなくても、もうオレは助からないんだろ?」
優雅に指先を口許へあてる山姥は陽光に包まれて。項垂れる下賤な小男は土間の暗がりで。二人の明暗はどこまでも分かたれているようだ。
「ど~~~してそうなるんですの!?わたくし、貴方のお立ち上げになった『ウ「すまんそこは伸ばさずに読み上げてくれ後世のために」不躾ですわね!何が違いますの!その姥一通に参加したくてこんな辺鄙なところまで来たんですのよ?』
「なんだって・・・・・」
「ああそうそう、お靴ですが革の物は好みませんので、どれも木彫りに塗りを凝らした一点ものなのですわ。
「情報の混濁がひどいぜ」
どうも時代がずれ込んでいるんじゃないのかしらんという疑問はさておき、このお嬢様が・・・人間ではないものがなんだってあの阿漕な商売に首を突っ込もうとするのだろう。
どう考えてもこの細腕で務まるとは思えないし、山姥が人間の里に下りて働くなどといえば猶更訳がわからない。それとも山の中専門の運び手となるつもりだろうか?あそこは利権問題が面倒でとうに手付をやめた所だが、まさしく山の持ち主なのであればそこら辺の問題は円満解決だ。追い出される各々雇用対象は多いだろうが知ったことじゃない。
現代の妖怪風情は随分と人慣れしたものだ・・・ひと気を絶って自然と共に生きるのならば、これだけには散々気を付けろと叩き込まれてきたいくつもの“決まり事”が、急に途方もなく安っぽいものに変わるのを胸の内に感じた。
こいつ、精々面白半分で首を突っ込んだのだろうしいっそ言いくるめてこき使えやしないだろうか。首に手がかかったような胡乱な状況にも拘わらず、安久雄の眼は爛々とあやしい輝きを帯びだした。
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