序:デキる男は仕事を創る

「お開けなさいませ!この扉をお開けなさいませ!いらっしゃるんでしょう!安普請でも礼節は弁えておりましてよ!」

「山姥がお嬢様なことある?」

「わたくしを上手く出し抜いたと思っているのでしょうが甘いのですわ!あなたのお連れ方のお荷物も魅力的でしたが、出てらしたお家の方がもっとたくさん手に入るに決まっておりますものね!」

「今のってもう一回訳し直すと『ここを開けろお、追っかけてきたぞお、食いもんを出せえ』的なくだりだった?」

 

 

何から何まで出鱈目だったが、こんな山の中に汗もかかずチョコナンとしている小娘からは、確かに奇妙な気配が満ち満ちていた。

その肌はさっぱりとした綿織りの上衣が午後の黄色い日を集め、すぐ下に隠した肉体の本性を明かさない。首筋まで包む襟地に翡翠をはめた首輪のような飾り物も、どれも人間の姿見の二重写しをしているように朧気だ。

対照的に胸から下はごく固い、こげ茶の衣服がぎゅうと蔦蔓を編み込んで胴を締め上げる。腰巻は風も吹けよとばかりに波打つ折り目を際立たせて派手好みである。段々を重ねて生成り色に縁取った形などは、まったく寺の鐘でも腰履きにしているようだ。

牛追いの装束よりまだ頑丈なんじゃないのかしらん・・・山姥はやはり木の皮の服を着るのだなあと視線を奪われていたのがのちの失態につながったのかも知れない。

同じ組み合わせで、ゆるい巻き癖のついた総白髪を留付ける髪帯が頬かむりとも違い中途半端な幅をして、縁取りにひだ飾りが連なっていた。手首に、腰の後ろに、これでもかと同じ帯飾りがあった。

港町にでも行かない限りそう洋装を見る機会はないが、乏しい記憶をかき集めてそれらしきものを思い起こした限りでは、どこからどうみてもお嬢様である。

 

裾の染め抜き葉模様とがどうにも生っぽいことと、耳の上あたりに挿してある、三色空木と昼顔、白桔梗に南天の実を取り合わせた手作りらしき花簪のホノボノとした朱さがに目が留まった瞬間、言いようのない気持ち悪さが胃から這い上がってきたように感じたまらず呻く。

それらはどれも、一つの季節に重なって咲くことが出来ない、盛りを別とする種類であったから・・・

そんなものを手に入れることが出来る以上、やはりこの女は列記とした化生の物、山の妖女・・・自然から奪ったものを取り立てに来たのだと・・・・・

 

***

 

ここは長閑な小条山おじょうさん。持ち前の業突張りとぐうたらを二つもしょい込んだ、二輪だぶるわ安久雄あくをというひとりものの杣人がおったそうな。額に汗して働くのは嫌いだがしかし、小智慧ばかりやたらと閃くのでこうしてのんのん暮らしている。


山を下りた商業町の中でも指折りの大衆宿屋などを選んで“りっぱな”薪を卸し、ぱちぱち弾ける皮つきだの飛び出すほどの長い一枝だのを置いてゆくが早いが、丁稚の手には余りますと小袖を取られてから、それじゃあしかたあんめえと、“工賃”を取ってようやっといっぱしの品を納めることなどは茶飯事であった。

持ち帰ればうんと時間がかかるというし、ここでやるならば慣れた場所ではないからと大変な銭勘定を平気でやる。誰に聞いても当然風呂の焚き付けなぞにかかずらってはいられないから仕方なく後の方を選ぶ。後になってご亭主にがんがんと叱られるのは小僧っ子である。

ぽつぽつと涙を落しながら、一日も早くあのよく燃える薪をしらべて拵えられるようになろう、この店の役に立とうと飯も惜しんで駆け付けると、他に削りくずを売りつける用もあるので細く細くにへずり込んだ薪はとうに灰になっているから残りようがない。

灰になるのが早いのだから次を買うのも当然早い。女将さんからは焚くのが下手だからこんなに入用になるといじめられる。だけどもこの薪じゃあないと江戸前の風呂の熱は出ないとかなんとかで誑し込まれの買い続け。

こんな具合で手数を掛けさせて、あの確かにさっき剥がした皮の方も買い取ったのですがと言い出せる度胸もちは珍しかろう。

 

担ぎ直すと、今度はうんとうらぶれた問屋にずんずん入っていく。さっき引き上げてきた高い高い樹皮をたちまち売る。

ニンガリとした籠屋の親父は、もう随分前からそろばんが合わないことに慌ててはいるのだが、ぶくぶくに膨れた畳の臭気やら、法外に安い代金を受け取る女たちの恨めしい顔、気安いところから始めようと訪れたこのどぶ川そばのおんぼろ長屋をいつまでも離れられないタマラナサなどが悩みの種を包み込んで隠してしまう。

出ていく金が大きくて、こいつを取り返すにはもう破格まで下げた値段で下を請けさせなきゃならん。仕上がればきっと評判がつく。もう何人もお客が待っているのだ、これだけが確かである。何も怖いことは無いのだ。

ここへ通う細工女たちにもそれは確かにわかっているからきょうまで辞めないのだ。止まっちゃいかん。止まれば破滅、辞められても破滅ぞ・・・

やくざなおれにこの仏心はどうしたことだろう。もっと高い手当を、俺はなぜ払ってやれないのだろう。あんな立派な籠をつくる連中に・・・ああそうだ材料が高いのだ、おれのような奴を相手にしてくれたことには頭が上がらんが分不相応だった、ひどい贅沢を最初に覚えちまったんだ。おらは欲張りすぎたんだ。だけどもこの皮目だけは今更変えられねえ、折角ついた客が逃げちまう・・・

 

 

この間も安久雄は、自分の扱う品を運ぶよいやり方をひとつ閃いたので、そいつを取り付けて上得意であった。


まず運び手には、時間も多少大目に見るしとどのつまりは着けばよい、くたびれたら荷物を持ったまま茶屋どころかうちまで帰っても構わないと教える。

ただそれだけこちらもかける金は絞らなければならない。その分、上前として納めるのも少しで良い。そして、運び方は問わないが、中身に問題が起きたならその弁償は必ず本人がすること。

この手筈の特徴は、大きく払うのは届け先の方と取り決めることである。時間の都合を取っていくらも儲けないか、さっさと届けて割り増しをもらうか、これがかつての飛脚などとの違いだ。

当然、こうして運ぶには相手にも了解してもらわなければならないのだが、安久雄は敢えてお得意様の品をある日いきなりこれで届けさせたのだという。

宣伝がてらに街中を走らせたので、呼び子を雇うむだも無くあっという間に成り手が増えてゆく。あれよあれよと誰もがこの配達で頼むようになり、評判が評判を呼び、そうして恐ろしい勢いで行き違いが頻発した。

安久雄はその間何もしなかった。減るなら減るでいい。

形だけ真似た仕事がいくつも立ち上がり、安久雄の所を抜けて移る者も多かったが誰もこの便利さにかかり過ぎる手間を読み切れなかったのだ。

この間来た運び手の方が早かっただの、生ものをどうして三日も明けてから持ってきただの。

あるいは近所づきあいで固められ、はるか遠くまで行くしかなくなっただの、おあしが高すぎて、高価な品でないと掛け値が丸損だと憤慨され、めっきり使われることが無くなっただの・・・任されたものを運ぶでなく、ご禁制品や貴重な植物だのを分け入って探してくることばかりを言いつけられ生きた心地もありません、という泣き言も聞いたような気がしたが当人は暢気なものである。

へまをしても金が入り、儲ければ金が入り、人が減ればそこにはより腕利きの人間だけが残るため金が入る。断れば明日からは職なしだ。

常人ならば震えるような大失敗が起きてもこの人に任せますと決めたのは受け手なのだから叱られようがない。

姥一通うばいつうという変わった名は、たとい女も喜んで担ぎ続ければ姥になるという、この仕組みの恐ろしさをほんの少しだけ仄めかしたしゃれっ気であった。

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