第56話・冒険は終われば始まるもの

「そうだな……このまま冒険者にはなりたいと思ってはいるけど」


 リッターは苦笑した。


「ソロの冒険者としては無理だろう。まだまだ学ばなきゃならないことが多すぎるな」


「ん~……どっかで会ったことがあると思ったら、レグニムで……」


「おや、覚えておいででしたか」


 ヴィエーディアは目を細めてリッターを見て、ああ、と手を叩いた。


「あの時のエルアミル王子のお付きの騎士だったかィ」


「はい。よく覚えておいでで」


 王女付きの魔法使いが、いくら王女の婚約者のお付きとは言え、隣国の宮廷騎士の顔を覚えているなんて、滅多にない。


「あたしは記憶力にャちょいと自信がありましてネ」


「あの時は何故か黒猫を頭の上に乗せて練り歩く奇妙な人だなあと思っていましたが」


「はっは! 奇妙か! いいねェ、奇妙結構! あたしはそういう人間サ。人に何言われても気にャあならねェ、フィーリア様がお幸せであればいい。それだけの人間サ」


「五年前と変わらず愉快なお方で」


 その奇妙に計算が隠されていることに、今のリッターなら気付ける。


 変人扱いされていれば、どんな目的を持って何をやろうと「ああ、ああいう人だから」と世間は勝手に納得してくれる。実際にただの変人が王女付きの魔法使いになれるはずがないと分かっていても、だ。


「で、今は冒険者と」


「まだまだ見習いですよ。エル殿やアルくん、ジレさんを見ていて思い知らされました」


「オラシの皆はそう思ってはいないがな。特に若い女性は」


「……エル殿」


「ほっほう。何か手柄でもあげたかネ?」


「「亡霊の牙」リーダーのプネヴマの首を上げた」


「だから、それは運と偶然の結果で……」


「ほっほう! 亡霊を倒したかィ! そのお顔で元騎士でとなれば、そりゃあおモテになりますナ!」


「やめてください、ヴィエーディア殿……」


「ん……」


 おっと、と全員が口を塞いでベッドの方を見た。


 ジレが寝返りを打っている。


 起こしたわけではなさそうだが、声が大きすぎたとリッターは反省して口から手を外した。


「つまり、リッター殿はまだソロでやる自信はないってわけかィ」


「まあ、そんなところです」


「じゃあ、冬が明けてオラシを出たら、しばらくあたし専属の冒険者をやらないかィ?」


「ヴィエーディア殿専属の?」


 専属冒険者、というのは実は珍しくない。先輩冒険者や冒険者ギルドに雇われる駆け出し冒険者がいる。まだ自分のレベルでどんな仕事を受ければいいか分からない駆け出しに見合った仕事を任せ、一人前にするのだ。また、ランクアップしても特定の金持ちや王族などに雇われて珍しい物や厄介事解決などを引き受ける。フリーの冒険者には紐付きと呼ばれ見下げられることもあるが、それも契約相手次第。大国の王族付きだと、騎士クラスの信頼を受けることもある。


 この場合は、冒険者として先輩であるヴィエーディアが、リッターの性格や実力、知識などを見て、仕事を振る、ということだろう。


「えー。リッター兄は僕たちと仕事するんだよ」


「まだあんたたちについていけるレベルじゃないんだよ」


 ヴィエーディアはアルの頭を軽く小突いた。


「リッターのレベルは、冒険者修業を始めたばかりのエルよりはまだマシ、って程度なんだ、二つ名付き冒険者の同行は荷が余る」


 ぶー、と膨れるアル。


「『亡霊殺し』で『女殺し』のリッターが初心者修行なんてありえない」


「……女は殺してません」


「オラシ中の独身女の人が狙ってるんだよ?」


「ほほゥ」


「だからっ、私はっ、女性を相手にする気はっ、今のところはっ」


「『不倒の三兄妹』の名前を変えることになッちまうし、今の自分がその名前に見合わないってことはリッター自身が知ってるだロ」


「……そう、なんです。エル殿のように、ヴィエーディア殿が認めてくれるようになれないと、一人前とは言えないでしょう。三人の足を引っ張ることだけは避けたいのです」


「じゃあ……行っちゃうの……?」


 小声に、全員がそちらを見た。


 目を開けて、ジレがリッターを見ていた。


「それは」


「ジレ嬢ちゃん、何聞いてたンだィ?」


 ヴィエーディアが苦笑した。


「あたしの専属ってことは、あたしにいつでも連絡が取れる場所にいるってことだ。そしてあたしたちの旅は終わった。つまり?」


「ここに……いる?」


 ジレの顔も、アルの顔もパッと輝いた。


「何もかも一人でできるようになるまでは、ここであたしの知識をエル殿のように叩き込むに決まってンだロ」


「うわーい、リッター兄と一緒!」


「それと、ジレ嬢ちゃん」


 ヴィエーディアがチラリとジレを見る。


「嬢ちゃんはまだ甘い部分がある。あたしが見てやれなくて、教え下手なエル殿に教えられたんだから仕方ないけど」


 エルは難しい顔をする。


「だからジレ、あんたはリッターと組んで、一から鍛え直し。『神の愛し子』なんて、神様がいなかったら意味ないんだから。アンタが神様って呼ばれるようにならないとネ」


「ヴィエーディア殿」


「ァあ? 大丈夫大丈夫。リッター殿はジレ嬢ちゃんに手ェ出すような外道でもないから。それにリッターの方がジレとうまくやれそうだしね」


「……リッター」


「言わなくてもわかってます」


 地獄の底から響くような声に、リッターは溜息混じりで言った。


「ジレさんに手を出すような恩知らずな真似はしませんから」


「あ~あ、いいなあジレは。ねえ師匠、僕も一からやり直し……」


「俺も一から……」


「一人前の冒険者と元魔法猫が何言ってンだィ!」


「エル」


 フィーリアの声に、エルは顔を上げた。


 フィーリアは楽しそうに笑っている。


「貴方がここまで変わるなんて思わなかったわ」


「……まあ確かに人当たりは悪くなった気がするが」


「そうじゃなくて。家族を真っ直ぐ愛して、何事も真正面から受け止めて。エルアミル王子にはなかったわ」


「……エルアミル時代のことは言わないでくれ。黒歴史なんだから」


「『不倒の三兄妹』が復活するまで、私の専属冒険者にならない?」


 エルは目を丸くした。


「魔法薬師として本格的に売り込むのに、旅で色々集めてきたのだけれど、まだ足りなくて。それを探す依頼を受けてくれれば嬉しいわ」


 はーっと息を吐き出し、エルは訊いた。


「ジレが戻ってくるまで、だな?」


「ええ。そうしたら『不倒の三兄妹』にも依頼するわ」


  くるるる……。


 小さな音に全員がそちらを見た。


「……ごめん、お腹空いた……」


 ジレの恥ずかしそうな声に、セルヴァントが真っ先に立ち上がった。


「急いで準備するわ、フィーリア様にヴィエーディア殿も手伝ってくれますか?」


「ええ。いくらでも」


「魔法道具なら作れるんだけどねェ。あたしの食事は個性的とよく言われるよ?」


「ならヴィエーディア殿、しっかり覚えてくださいな。個性的と言ったのはフィーリア様でしょう? 主に遠回しにまずいと言われて何とも思わないのかしら?」


「へ~ィ」


 三人が出て行った。


「私たちも居間に行こう」


 プロムスが立ち上がる。


「そうだな、俺も腹が減った」


「ジレさん」


 起き上がろうとするジレに、リッターが自然に手を差し出した。


「あ、……ありがとお……」


 一瞬顔を赤らめて、そして嬉しそうにジレは手を取って立ち上がった。


「さ、行きましょう先輩」


「は~い」


 後でエルに凄絶に睨まれてしまったが、騎士として当然の女性扱いを無意識にしていたリッターは、何故エルににらまれるかしばらく考えて、それからああそうかと頭を掻くのだった。


                        終

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チートな魔法猫の人助け2・ぼうけんしゃのきょうだい 新矢識仁 @niiyashikihito

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