第53話・わたしのせいだ
「これが……俺とジレとの繋がりと言うことだな」
リッターよりは幾分太い糸を握って、エルはリッターに確認する。
「ええ。でも無茶をしてはいけない。彼女は今、我々を信じていいのかどうか悩んでいる状態です。そこを無理やり押していけば、怯えて糸を断ち切る可能性がある」
「思いを届ける、そういうことだな」
「そういうことです」
エルはそっと糸を捧げ持ち、祈るような姿勢で目を閉じる。
きっと彼は、ジレに戻ってきてほしいと訴えかけるだろう。
なら、自分は違うアプローチをしなければいけない。
ほとんど無関係と言っていい自分にできること……。
(ジレさん……ジレさん)
リッターは糸を手にして呼びかけた。
(何がそんなに怖いのですか……?)
それは、現実世界でも聞いた問い。
同じ答えが返ってくることを予想していても、今、自分が聞けるのはそれだと思った。
◇ ◇ ◇
不意に、頭の中に映像が浮かんだ。
枕もとに届くたくさんの手紙。
王鷲でないと開けられない手紙を一つずつ開いて、そこに書いてある嫌味や陰険な話を全部読んで。
そのうえでプロムスに手紙を任せる。
プロムスならば当り障りのない返事を返してくれるから。
「お兄ちゃんからの手紙……ない」
「大丈夫ですよ。きっと明日は来ますとも」
プロムスはそう言ってくれる。
でもジレは知っている。プロムスが、昨日も、一昨日も、同じことを言っているのを。
(お兄ちゃん……わたしのこと、きらいなのかな)
口に出せば、プロムスもセルヴァントもそんなことはないというから言わないけど。
それに、手紙に待っていることが書かれてるとも限らない。
他の兄姉たちのように、「もうお前とは付き合えない」とでも書かれて届いたら。
そうしたら、自分はきっと壊れてしまう。
だから、届かないほうがいいんだ。
……そうやって、最悪の事態が来ないことだけを祈っていた子供。
心の底から、傍に居る人たちを信じ切れなかった子供。
決して誰も悪くない。ただ、すれ違って行っただけ。心がかみ合わなかっただけ。
よくあることだ。ことだけど。
十にもならない子供には辛かっただろう。
(まだ、あるんでしょう、ジレさん?)
リッターは呼びかける。
(家族に言えないこと……言ったら嫌われるようなことが、まだ)
反応がない。
(大丈夫、私は黙っています。貴方が心の内に溜め込んで、
再び視界が揺らいだ。
「なーにが「蒼き峻嶮」だ!」
「そうだそうだ! あんなガキが、えっらそーに!」
家の中を荒らす凶悪な顔をした男たち。
ああ、そうか。これはエルの人気をねたんだ冒険者が家に押し寄せてきた時だ。
もちろん、王族の住まいであった屋敷には、隠れたり逃げたりする部屋や通路が仕込まれている。あちこちに打撲傷を負ったセルヴァントは隠し通路の奥に、服もずたずたになったジレをやり、自分は入り口近くで短刀を持って様子を伺っていた。
「おーおー偉そうに金細工の燭台だぜ」
「どうせいいとこの坊ちゃんだ、構わねぇ、分不相応なものは全部もらって行こうぜ!」
「待て、あのババアとガキは絶対に必要だ。ババアはともかく、あの妹をぐしゃぐしゃにしたら、あの青二才、どんな顔をするかなあ……?」
ジレを抑えるセルヴァントの手が、小さく震えていた。
しかし、その時。
「そんなことをすれば、生まれてきたことすら後悔させてやる」
低い声に一瞬男たちは竦み上がる。
振り向けば、そこにエルがいた。まだ頬に傷はない。左腕もあるプロムスとアルも。三人とも武器を構えている。
「僕の家族に、何をしようとしてくれたんだ?」
「はっ! お坊ちゃんに「蒼き峻嶮」なんて二つ名は似合わねえってことさ!」
「そのために、僕の家を襲ったのか?」
エルの手が小刻みに震えている。恐怖ではない。怒り。
「分かったら大人しくこの街を出て行くんだな、手に入れたお宝を全部おいて……な?!」
次の瞬間、男の首は飛んでいた。
「人の家を襲うなど、冒険者じゃない、盗賊だ。だから」
首を刎ねた剣を握りなおし、エルは鋭い瞳で威嚇する。
「貴様らは殺すか捕えるかして、ギルドに突き出す」
「やれるもんなら……」
男たちが剣を抜いた。
「やってみやがれ!」
家の中で乱戦が始まった。
罵声が飛び交い、悲鳴が上がる。ジレは怖かった。兄の傍に居たかった。
「ダメです、ジレさまっ」
セルヴァントの制止も聞かず、ジレは隠し通路の扉を開いた。
「お兄ちゃん!」
「ジレ!」
エル、アル、プロムスの三人の視線がジレを向いた。
その一瞬。
エルは顔を深々と切り裂かれ、プロムスの左腕は飛んでいた。
真っ赤な血。
わたしだ。
わたしのせいだ。
セルヴァントが止めていたのに、出て行ったから。
だから。
金色の光が四方八方に散り、そして……。
「全く、無茶したもんダ」
灰色の髪の魔法使い……ヴィエーディアが、フィーリアと共に家にいた。
「アルプ……こりゃあ伝説に聞く虫入り琥珀ダ。人間に憎悪を感じた魔法猫へのペナルティ」
「わた、しの、せい……わたし……の」
「ジレのせいじゃないわ」
フィーリアは顔を涙で濡らすジレを抱きしめた。
「わたし……のせい……」
「お眠りなさい」
フィーリアが小瓶の一つを手に取ると、蓋を開いて無理やりジレの口に押し当てた。
わたしのせい……わたしの……。
そう思いながら、ジレは眠りに落ちて行った。
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