第52話・絆の糸

「絶対、戻して、やる、から!」


 エルは力の限りスコップを地面に突き刺した。


 その時。


 地面に微かに見えていた光……米粒ほどのそれが、突然大きくなった。


「な?!」


「うわ!」


 暗闇に慣れた目に、光が眩しい。リッターもつるはしを取り落して目を覆う。


 次の瞬間、落下感。


「うわああああ?!」


「くっ!」


 思わず悲鳴をあげながら落ちていくリッター、何とか空中で体勢を立て直そうとするエル。


 しかし両者とも背中を強かに打ちつけた。


「痛~……!」


「大丈夫か、リッター……」


「体を痛めては……いません」


 起き上がって体の様子を確かめ、リッターは返事を返す。


「そうか。俺もだ」


「一体どのくらい落ちたんだ……?」


 リッターが天を仰ぐ。


 そして絶句した。


「これは……」


「どうした」


 リッターの視線を追ってエルも見上げ、そして同じように絶句する。


 それは、暗闇ではなかった。


 無数の光を湛える……夜の星空?


「なんだ、ここは……」


「……星……じゃない?」


 リッターは目を細めて、星のように見える光を見る。


 細く、儚い……線のようなものが降りてきている。


 その線は切れそうになりながら、下に降りてきている。


「……エル殿!」


「なんだ」


「あれを」


「……ん?」


 細い線の集まる先。


 小さな光が、リッターやエルの目線の高さに浮いていた。


 二人は警戒しながらゆっくりとその光に近づく。


 それは、胎児のような姿をしていた。


「……ジレ、か……?」


 胎児がピクリ、と動いた。


「ジレ……!」


 駆け寄ろうとしたエルをリッターが何とか引き留めた。


「何故止めるリッター!」


「よく見てください、胎児ですよ」


 アルが自分を同行させたのはこういう時のためか、と思いながらリッターはエルを宥める。


「ぶつかっていったら壊れてしまいます」


「……!」


 深呼吸を繰り返して、エルは自分を落ち着かせる。


「……済まん、止めてくれてありがとう。助かった」


「どう致しまして」


 冷静さを取り戻したらしいエルに安堵あんどして、リッターは手を放す。


「……ジレ……俺たちをここまで入れてくれたのはお前か?」


 二人分の呼吸の音まで聞こえそうな静けさの中。


 胎児の光は消えそうな瞬きだった。


「ジレ……?」


 リッターは天を仰ぎ、胎児を見て、小さく舌打ちした。


「……そうか」


「何?」


「いや、これは私の推論に過ぎないのですが」


「……お前は俺より冷静で、考えている。推論でも、何か思いついたことがあったら言ってくれ」


 リッターは少し難しい顔で考えていたが、ゆっくり口を開いた。


「……では言います」


「ああ」


「多分ここは、ジレさんの心の奥底なんです」


「心の……奥底?」


「ええ。あの星は、多分外界に開かれた窓のようなものなのでしょう」


「何故、そう思う?」


「あの光から細い糸が出て、ジレさんにつながっているでしょう? あれは、ジレさんと外界とのつながりなんですよ。よく見ていてください」


 クモの糸より細い光の糸は……ぷつん、と切れた。


 いや、切り落とされた。


 胎児が身動きして、切ったのだ。


「!」


「視たくない繋がりを、絶ったんです」


「…………」


「彼女は今、外の世界からの接触を断とうとしています」


 その時、案内してきたアルプの姿が変わった。


 金色に輝く糸が、胎児に向かって伸びる。


「何?」


「なるほど、あのアルプは我々との繋がりの証……だから」


 リッターは左手を持ち上げた。


「これです」


 リッターにも、エルにも、左腕から細い光が出て、胎児につながっている。


「外の世界に対する思いがアルプくんの形を作って我々を案内した……絆の糸です」


「ジレは……目覚めたいのか? 目覚めたくないのか?」


「……分かりません」


 正直、そこまでリッターはジレのことを理解しているわけではない。親切で、優しくて、でも内に溜め込むものもあって。時々爆発したくなるのを家族の前だからと必死で抑え込んで。


「ただ、本当に全てから別れたいとは思っていないはずです」


 リッターは左手を開いて、掌から延びる光の糸を見た。


「もしそうなら、こんなところまで我々を招き入れることも、我々との繋がりを絶たずにいることもないはずですから」


「……ジレ」


 ゆっくりと、エルは歩いていく。


 胎児が……ジレが気付いて、びくりと怯えるように震えた。


「ジレ……怯える必要はないんだ」


 エルは拳を握った。


「俺がいる。リッターがいる。外にも、プロムスが、セルヴァントが、そしてアルが待っている」


 胎児は目を開けた。


 そして後退していく。


「ジレ」


 逃げるように遠ざかる胎児を、慌てて追いかけようとするエルの肩を、リッターは抑えた。


「リッター!」


「だから、無理をして追いかけると怯えさせるだけです」


「ならどうしろと!」


「伝えるんです」


 リッターは左手を突き出した。


 か細い蜘蛛の糸にも似た繋がりの絆。


「これは、彼女に直接つながっている。これを通して、彼女に伝えるんです。我々が、待っているということを」

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