第51話・情けない兄

「誰が何と言おうと、お前は俺の……大事な妹なんだ!」


  バチィッ!


 一瞬光が弾けて、そして再び真っ暗に。


「ジレ……ジレ!」


 エルの声にも反応がない。


「心を……閉ざしてしまったのか?」


「いや、それはないでしょう」


 目をすがめて暗闇を観察しながら、リッターは言う。


「もし本当に心を閉ざすなら、我々を心の中から追い出すはずです。まだ、彼女は、何か言いたいことが……伝えたいことがあるのでしょう。だから……心のどこかで、我々を待っているはずです」


「待っていて、くれるのか……?」


 顔を上げたリッターは、エルの顔に不安と弱気が入り混じった感情が浮かんでいるのを見た。


 やれやれ、とため息をついて、リッターは手を伸ばし……。


「不安にならない!」


 エルの耳をひっつかんで自分の口元に寄せると、一喝した。


「な、な」


「ここは心の中の世界ですよ? 彼女は我々を待っているのは間違いありません。が、このまま暗い底へ沈んでしまえば、と思う心だってあるんです! 我々の感情が彼女の心に影響を与えるなら、弱気が一番ダメなんです! エル殿はジレさんを目覚めさせたいんでしょう! なら、その思いを貫き通さなければ!」


 エルは頬を平手で打たれたような顔をした。


 そして、自分の両手で両頬を打つ。


「そうだ……俺はジレを目覚めさせてやりたい……。世界にはまだ見たことのないものがあって、あいつと、みんなで見たいと思って……それで俺は冒険者をやっているんだ。ジレに……色々なものを見せてやりたくて」


 うん、とリッターは頷く。


「その覚悟を忘れてはいけない、私はそう思います」


「……ありがとう、リッター」


「どう致しまして」


 リッターはチラッと笑って、そして真剣な目を暗闇に向ける。


「アルプくん」


「うな」


 黒い猫が、分かっていると言いたげに、二人を振り返りつつ歩き出す。


「ついていきましょう」


 エルも決意を新たにした顔で、歩き出す。



 そこから先は、随分と長く歩いた。


 リッターやエルが思うところでは、かなり蛇行したりUターンしたりしている。


 アルプの姿をした案内人の目には当たり前のように見えているのだろうが、エルとリッターには互いとアルプしか見えない暗闇の世界をうろうろと歩き回っているようにしか思えない。


「どうやら、目覚めるのは彼女にはとても恐ろしいことなんですね」


「情けないな」


 エルはガシガシと自分の頭を掻く。


「兄貴面して、あの子のことを何もわかっていなかった。リッターの方が余程理解している」


「弱音は……」


「弱音じゃない。自分に腹が立っているんだ。……昔の俺にな」


「私がお仕えしていた、エルアミル様に、ですか?」


 今の印象とは正反対、誇りはあるけど、気弱で、他の王鷲を押しのけるということができず、ほぼ父王の言いなりになっていた大人しい王子。


 正直、一時的に傍に居たリッターから見ても、あの地味で大人しい王子が……冒険者になるとは……それもトップクラスの冒険者になれるとは思ってもいなかった。


「大事で、体を治してやりたくて、それが自分の力ではできなくて、その方法を探して、探して……だがあの子の望んでいたことは俺が一緒に居ることだった」


「そうですね」


「だけど、知っていたとしても、俺は王鷲の立場に捕らわれて、動けなくなっていた可能性だってある。……だから、今回は。俺の手で。……助けたい」


「……できますよ、きっと」


 リッターはエルの肩を叩いた。


「まだアルプくんが歩いているのがその証拠。まだ彼女は私たちに会いたいと……伝えたいと思っている言葉があるはずです。それが出てきたら……全霊で受け止めてあげてください」


「ああ」


 エルはぐっと拳を握って歩き続ける。


「なーう」


 先を行くアルプがくるりと振り向いた。


「何かあるのか?」


「にゃお」


 地面をカリカリとするアルプの爪先に、小さな光がある。


「下……と言うことでしょうか」


 リッターがその光に指を向けてみるが、茨の壁のように吸い込まれることはない。


 アルプが一生懸命床を掻いている。


「……これは、掘らないといけないと?」


 エルの声に、アルプは「なーお」と応えた。


「何か掘る道具はないんですか?」


「剣でもあればともかく、なあ」


「つるはしがあればいいのですが」


 呟いたリッターの手の内に、急に加わった重み。


「?」


 つるはし。


「……よし、じゃあ俺はスコップだ」


  ずしり。


 スコップ。


「まだ会いたいという気持ちがあるんだ、な」


 エルは床にスコップを突き立てる。


 黒い固い感触の床が、砕ける。


「よし」


 リッターもつるはしを持ち上げ、地面に打ち付ける。


「アルプくん、危ないから下がってて」


 黙ってアルプは少し後ずさりし、男二人、土でも石でもない地面を掘り返す。


 地面は固い感触だったのにそれほど掘りにくいということもなく、さく、さくと掘れていく。それでもこの場所だけなんだろう、リッターが少し打ち込む範囲を間違えると、肩にびしりと反発が来る。


 二人とも、地面から腰の辺りまで入り込めるくらいの穴がある。


「絶対、諦めない、ぞ」


エルは呟きながらスコップを動かした。


「お前を、明るい世界に、戻して、やる、から!」

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