第49話・書き直された手紙

「アルプくん、これは?」


「にゃあ」


 ポトンと落としたのは、羊皮紙とペン。


「なるほど」


 リッターはすぐ納得した。


「書くんだ」


「あ?」


「書くんですよ。手紙を。今、ここで、ジレさんに」


「……ジレに?」


「なーお」


「書けと言われても……」


「書くんですよ。ジレさんの心に届くように。でないと」


 リッターは暗闇の中を見回した。


「私たちの精神はいつまで経ってもここに閉じ込められますよ?」


「…………」


「手紙は送っていたのでしょう? 同じように書けばいいんですよ。手紙を」


「……手紙を」


 エルはしばらく迷うように頭を掻いていたが、首を振った。


「今思うと、時々ジレが悲しそうな顔で何か言おうとして言わなかったのは、手紙があの子の手元に届いていなかったのかもしれない。……悪いことをした」


「なおーう」


「私にも書けと言うんですね、アルプくん」


「にゃお」


「よし、書くか」


 見えない床に置いて、手紙を書き始めようとして。


 さて、難しい。


 エルはともかく、リッターはジレとのつながりは少ない。


 雪道で出会ってから、罠を仕掛け、盗賊と戦い、雪熊を捕って。


「んー……」


 リッターは書き始めた。



  ジレさんへ。


 貴方の過去に何があったかを、私は生憎あいにくほとんど知りません。


 私は貴方の兄エル殿についていて、時々エル殿から貴方の話を聞いた程度です。


 病弱なのに、ちゃんと自分への手紙だけは自分で書いてくれると嬉しそうに言っていました。兄姉が何を言おうとジレはかわいい妹なのだと繰り返し、繰り返し。


 まさか、その手紙が貴方のものではなく、貴方の手元に手紙が届いていないとは、エル殿は思ってもいなかったでしょう。


 ジレさん。


 どうか、エル殿の貴方に対する気持ちを疑わないでください。


 貴方のお兄さんは、世界で誰より妹を愛していた……いいえ、現在進行形で愛しています。


 貴方への隠し事は、全て貴方を思ったが故なのです。


 もちろん、貴方が傷付いたのは間違いないでしょう。それがエル殿のせいであることも間違いではありません。


 でも、貴方は信頼していいのです。


 エル殿は誰より自分を心配して大事にしてくれているということを。


 それでも落ち着かないというのであれば、私がいくらでも八つ当たりの相手をして差し上げます。


 だから、どうか。


 外の世界には、貴方を嫌う人ばかりだと思わないでください。


 プロムス殿、セルヴァント殿、エル殿、アル殿……そしてフィーリア殿やヴィエーディア殿が貴方に向けていた目を思い出してください。


 少なくとも、私を含めて七人だけでも、貴方を大事に思っている人がいることを忘れないでください。


 少なくとも、七人は、貴方が目覚めるのを待っています。


 時間をかけてもいい、王鷲ジレフールではなく、冒険者ジレーヌ……大事な家族ジレさんとして、目覚めてくれるのを、待っています。


 信頼を込めて。


                       リッターより。



 

 書いた手紙を読み直してエルの方を見ると、エルは唸りながら羊皮紙と睨めっこをしていた。


「エル殿?」


「いや……改めて書くとなると、難しいなと」


 何度もジレ宛に手紙を書いて、それが届いていなかった。……その時書きたいことは書き切ってしまっていたので、いまさら何を書けばいいのかわからないのだろう。


「多分……日常の話でいいと思いますよ? 普段の手紙には何を書いていました?」


「体の具合を聞いたり……今いる場所で起きたことを書いたり……そうだな、近況報告だ」


「なら、それでいいと思いますよ」


「しかし……」


「多分、ジレ殿は貴方からの手紙が欲しかったんだと思います。どんな些細なことでもいい、今何処で何をしているか、貴方がどう思っているか、それを知りたかったんだと思います。だから、飾らなくていいんです。貴方がジレさんを大事に思っていることを、率直に伝えればいいと思います」


 エルはしばらく唸っていたが、やおら羊皮紙にペンを走らせ始めた。


「……紙が足りない」


 しばらく夢中になって書き綴って、突然そう言いだすエル。


「……結構大きい紙だと思ったのですが」


「五年……いや、ジレに手紙を書くようになってから七年分のことを書こうと言うのに、この紙一枚じゃ足りやしない」


「うなーご」


 また、アルプが紙を持ってきた。


「悪いなアルプ……いや、ジレの中の、助けてほしいと思う心だったか」


「何枚でも書いてあげて下さい。この紙の山を叩き潰すようなことを」


 レクス王やフィリウスや、その他心ない連中が書いた嘲笑や文句や脅迫を、忘れ去ってしまうような。


 夢中になって書き続けるエルを見て、リッターはアルプの方を見た。


「この手紙は何処に置けばいいですか?:


 自分の書いた手紙。


「なあ」


 アルプは少し歩くと、ぴたりと立ち止まった。


「文箱……?」


 リッターの腰くらいの高さまである台。その上に真っ黒い箱があった。


「これに収めればいいのですね?」


「なあお」


 リッターは文箱の蓋を開け、自分が書いた手紙を入れた。


 ……これで、少しはジレの気が休まってくれるといいのだが。


 文箱を閉じる。


 すぅっと、薄い光が文箱に向けて差し込んだ。


「……受け入れて、もらえたのでしょうか」


 しばらくその前に立っていると、十枚近い紙を持ったエルがやってきた。


「随分たくさんですね」


「当然だ、ジレに届かなかった分を書いたのだから。この中に?」


 リッターが頷くのを見て、エルは文箱に分厚い紙を収めた。


 何処からともなく、さっきより強い光が差し込み、そのまましばらく。


 かかっていた光は、屈折して暗い闇の中を、エルとリッターの向かっている方向に指した。


「一体……」


「多分、次の空間に向かう道標みちしるべでしょう。もう一歩心の先に踏み込むような」


 二人は目線で頷きあうと、先頭を歩くアルプの後について歩き出した。

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