第44話・真実を探しに

 泣き怒り疲れて、クッションを抱いたままベッドにうつぶせになって動かなくなったジレを見て、そっとリッターは立ち上がった。


 何か自分はヤバい情報を漏らしたかと今までの会話を再確認し、ないのにほっとしてリッターは部屋を出る。


 ドアの近くで、黙ってエルが立っていた。


「……済まん」


「お気になさらず」


 小声で詫びるエルにリッターは軽く手を振る。


「お前がいてくれて助かった」


「でも、私はジレさんに同情しますよ」


 リッターは肩を竦めた。


「家族はみんな知っているのに自分一人だけ知らない。どんなに愛されていてもそれは疎外感を感じますよ」


「……そうなんだ、分かっているが……」


「とりあえず移動しましょう」


 足音が遠ざかる。


 ドアに貼りついていたジレは、そっと出てきた。


(リッターさんは兄さんの顔を知っている)


 勘がそう言っている。


(でもリッターさんは言わない。言ってくれない)


 リッターは何も言わないけど、何となく分かっている。


 エルとの話し方、両親プロムスとセルヴァントとも知り合いらしい。ジレが連れてきたリッターを見てエルが顔色を変えたのもしっかり覚えている。妹である自分でやっと気付くような変化だったけど。


(多分……この屋敷にかかってるんだ。魔法は)


 ジレは冬靴の足音を立てないように歩いた。


(リッターさんはブールの騎士だって言ってた)


 きぃ、と通用口を開ける。


(教えてもらえないなら、聞くまでだ。喋れる人に)


 ジレは雪積もる外へと出て行った。



「確かに、一生隠しておけることではない」


 エルは椅子に寄りかかって肩を落とした。


「だが、あの子に王鷲の記憶は辛すぎる。実の父や兄に遠回しにしろ直接にしろ邪魔だ、死ね、と思われて、反論もできないベッドの上の生活。あの子が欲しかったのはブローチでも女王の座でもなくて健康な体。それすら血縁者にも分かってもらえなかった記憶など、思い出さないのであれば思い出さないでいいと思うんだよ」


「……冒険者として生きていくのにも、王鷲の記憶は必要ありませんしね」


「ああ。だから、できるだけ記憶を取り戻そうとしないように、ヴィエーディア殿と一緒に色々練り込んだんだ」


「アルくんは自分で取り戻したけど、それほど混乱はしていなかったですね」


「アルは自分が家の中で異分子だということを理解していたからな。三兄妹でありながら実際は血の繋がりがない、師匠の命令で俺たちを守るために屋敷にいる、ということをあいつは理解していたから」


「……そのアルくんは?」


「寝ている」


 一言。


「朝早くから移動や遠鏡の魔法を使って疲れたんでしょうか」


「だろうな。今のあいつは確かに魔法力は大きいが、それでも人間のレベルでしかない。魔法力を相当使ったんだろうしな。今日一日は休ませてやろう」


「……あら?」


 キッチンから顔を出したセルヴァントが不思議そうな声を漏らした。


「エルもリッターさんもいるのね。じゃああれは誰なのかしら」


「あれ、とはなんだ、母さん」


「いえね、通用口の鍵が開いてたから。足跡もあったし、誰かが出て行ったんじゃないかって」


「……誰か?」


 リッターがエルより一瞬早く立ち上がる。


「エル殿は通用口を」


 エルも即座に応じてキッチンの奥に向かう。


 リッターはジレの部屋の前に行った。


 あのまま眠ってしまったなら、内側から鍵はかかっていないはず。


 リッターはドアを押し開けた。


 ジレの姿は……ない。


「リッター!」


 キッチンの方からエルの大声が響いたので、リッターは走ってそちらに向かった。


「エル殿」


「この足跡は……ジレのものだ」


 雪の上、はっきりとは分からない足跡が街の方へ向かっている。


 はっきりとわからないのは、その上から雪が積もったからだ。リッターにはこんもりと積もった雪に、パン種に親指を押し付けたような跡が点々と続いているようにしか見えないが、エルには分かるのだろう。


「何故、街へ?」


「……もし、彼女が寝たふりで私をごまかして、街へ行ったとしたら、その目的は……」


 リッターは口に出しながら考えをまとめていく。


「私は秘密を知っているけど言えない。ヴィエーディア殿と私の繋がりがない以上、このお家に魔法がかかっているのではと判断する。この家に訪れた者には聞けないとすれば、この家を訪れたことがなくて知っていそうなのは……」


「ルイーツァリ」


 エルが真っ青な顔で呟いた。


「あいつなら喋る。元々俺たちを探しに来たんだから、あの瞳の色を見れば頭の中ですぐ結びつく。……ルイーツァリの容体は」


「昨日の朝は辛うじて起きていましたが、その後は薬で眠らされたはずです。クラル療法師が休養が必要と言っていましたから」


「クラルなら無理やりにでも寝かせるだろう。だが、ジレが言いくるめて目を覚まさせたら……」


「そしてあの瞳を見たら、ルイーツァリ殿なら絶対に話してしまう……まずい」


 エルとリッターは外套をひっつかみ、雪靴を履いて外へ飛び出した。


 途端、上がる黄色い悲鳴。


「リッター様よ!」


「ジレちゃんの言った通り、通用口から出てきたわ!」


「リッター様、あたしを恋人に!」


「いえいえ、わたくしを愛人に!」


「エ、ル殿!」


 押し寄せる女性陣……ジレが足止めに使ったんだろう……に襲われながら、リッターは叫んだ。


「表から! 急いで!」


 エルはきびすを返すと、表から治癒院めがけて走った。

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