第42話・疎外感

 暑い空気が、急に冷えた物に切り替わった。


「アル」


「いいタイミングだったでしょ」


 突然現れた……いや逆だ、アルがいる場所に移動したエルとリッターは、火が入っていても冷える空気と窓の外で降る大粒の雪を見て、無事オラシへ帰還したことを知った。


 プロムスとセルヴァントが不安と希望がないまぜになったような表情でエルとリッターを見ている。


「フィリウスは仕留めましたか」


「首をへし折った手応えはあった。……アル?」


 確認するように机の上に行儀悪く座っているアルを見たエルに、アルは頷く。


「何なら見てみる? 今の状況」


 頷いたエルに応えて、アルは龍頭をカチカチと動かした。


「我が望むは果ての景色、我が魔法力は平面なる鏡の内に遠き彼方の景色を見る。遠鏡ドゥール・スぺクルム


 ぼんやりと、壁の一面が歪み、まるで鏡のように部屋の中を映し出した。見る間に部屋の中の景色は歪み、別の部屋を映し出す。


 騎士たちが、重臣たちが、つかみ合いの大喧嘩をしている。


 数人の、この状況でもまともに考えられる臣下が王の寝室へ向かったり、このことを伝えるために外に走ったり、フィリウスの様子を見たりしている。


 だが、フィリウス派が冷静さを取り戻す前に謁見の間に雪崩れ込んできた他の臣下や騎士たちが、フィリウス派を取り押さえようとする。


『エルアミル様はどちらへ!』


『し、知らん!』


『嘘を吐くな!』


『本当だ! 爆発と共に消えたんだ!』


 まさか北の果てからこの様子を伺っているとは思うまいな、とエルは人の悪い笑みを浮かべた。


「しばらくブールは大混乱だろう。フィリウスが王鷲を相当殺したらしいからな。俺を担ぎ出そうとするヤツが来るだろうから俺はさっさと逃げたんだ」


「まさかブールからオラシに移動しているとは思わないでしょうからね」


「……これから勢力争いが始まるだろう」


 エルは目を細めてその景色を見ていた。


「多分俺やジレにも捜索が及ぶだろうから、冬が明けたらすぐにここを離れなければな」


「そんなにすぐ気づかれますか」


「俺がルイーツァリのことを言ったからな」


「え? そういえば……」


「ルイーツァリがどのあたりまで逃げたか。フィリウス派は少なくとも北の果て山脈に差し掛かったことまでは把握しているだろうし、その時接触した人間もすべて把握しているはずだ。北の果ての向こうから俺たちが来たということは、あいつらが余程頭が悪くない限りわかるだろう」


「……どうすれば」


「冒険者はしょせん流れ商売だからな。家がついているほうが珍しいんだ、だが、お前から俺たちの情報が洩れると厄介だな」


「言いませんよ?!」


「言わされることはある」


 アルがパン、と手を叩いて遠鏡を消す。


「うん。ヴィエーディアさんレベルじゃなくても、宮廷魔法使いレベルなら十分リッターさんの頭の中を読める」


 リッターは一瞬息を吸い込んだ。


「……不覚……!」


「そう落ち込む必要はない。お前にもしばらく行動を共にしてもらうだけだ」


「……え?」


 自分の頭をぶん殴ろうとした腕をエルに抑えられ、その言葉を聞いて、リッターは目を丸くした。


「え? リッター兄も一緒に行くの?」


「少なくとも、この屋敷とともに移動してもらうことになる」


「……よろしいので?」


「フィリウス派に見つかれば主君の仇、それ以外に見つかればエルアミルの行方を知っている男。放っていくのはヤバいだろう」


「……エル殿」


 リッターは騎士の礼をエルに向けた。


「騎士はやめたんじゃなかったのか?」


「お気になさらず。感動を表現したかっただけですから」


 深々と頭を下げるリッターにエルはやめろと苦笑交じりに手を振る。


「それより、ジレをそろそろ起こしてやらないとな。何もなかった、いいな?」


 エルは革鎧を外してこちらの冬服に着替えながら言う。そこにいる全員が当然だと頷き、リッターは黒い鎖帷子を外しながら部屋に戻る。


 冬服に着替え、戻ってくると、ジレが眠そうな顔で目をこすっていた。


「おはよう、よく眠れた?」


 リッターの声にチラリとジレが目を向ける。


「……全然」


「……機嫌悪そうだね」


「……眠らされたから」


 アルが、視線で「こうなんだ」と言っている。


 ジレを魔法にかければ事実を知ることはない。が、自分には見せたくない何かが起きたことは察することができるのだ。


「リッターさんは知ってるんでしょ」


「……ごめん」


 リッターにはこうとしか言えない。


「アル兄さんも知ってるのに」


「ごめん」


 今度はアルがぺこり、と頭を下げた。


「父さんも母さんも知ってるのに」


 プロムスとセルヴァントは何も言わなかった。


「……わたしだけ」


 なるほど、とリッターは以前ジレが爆発したもう一つの理由に思い至った。


 この家の誰もがジレを愛している。ジレに幸せになってほしいから、知らなくていいことは教えていない。


 だけど、ジレはそこに疎外感を感じるのだ。


 自分だけが仲間外れだと。

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