第41話・可哀そうな弟
近付いてきたフィリウスは、不機嫌に顔を歪めた。
「随分背が伸びたものだな」
「おかげさまで」
「見上げるのは不愉快だ。膝をつけ」
たとえ身長差があったとしても、他者を見上げるのが嫌だから膝をつけ、とは。
安っぽいプライドだ。
そう思いながら、エルは黙って片膝立ちになる。
フィリウスはその顔をグイっとつかみ、自分の方へ引き寄せた。
「ああ、あの忌々しい藍色だ。王鷲の中でもエルアミルとジレフールしか持っていないあの色だ」
エルは至近距離からフィリウスの黒い瞳を見つめる。フィリウスは自分の目が嫌いだった。ブールでは珍しくない黒い瞳。そしてエルアミルとジレフールが嫌いだった。二人の持つ珍しい藍の瞳は、彼には特別の証のように見えていたのだろう。
「その目、抉り出してやろうか」
「見えなくなってしまうからやめてください」
「くく、冗談だ」
冗談に見えない顔でフィリウスは笑う。
「これまで、どこで何をやっていた? ジレフールはどうした」
「ジレは……」
言葉を濁すエルはまだ顔をフィリウスに掴まれたまま。
「ああ、もう言わなくていい。その顔だけでわかる」
フィリウスはすべてわかっている、と言いたげな笑みを浮かべた。
何も知らなければ、妹を失った弟を慰める兄に見えただろう。だが、エルと、その半歩後ろで同じように
手を下す必要がなくなった、その目はそう言っている。
「可哀そうな弟よ、お前が愛する妹を失った悲しみ、よくわかる」
リッターはチラリと周囲を見る。にやにやと笑みを隠しきれない重臣たち。ここにいる重臣は皆フィリウスの配下なのだろう。
「ここは私が、この力でもって、妹と会わせてやることが、兄としてやれることであろうな」
フィリウスの左手にはナイフ。
顔を固定したまま、横からナイフを……。
がっ!
「なっ」
ぎっちりと、視線も向けず、軽く上げた右手だけで、エルはフィリウスの左手を握っていた。
細いフィリウスの腕は、万力のようなエルの力で掴まれて、色も青く変わっている。
「エルアミルっ……その手を放せ……!」
「放したら俺の頭を抉るつもりなんだろう?」
ギリギリギリ、と腕を絞めあげられて叫ぶフィリウスに、エルは太く笑いながら、もう片手で頭を掴む手を引き離し、両手を掴み上げる。
「エルアミル様! 乱心なされたか!」
「その手を放せ!」
「動くな」
リッターはすかさず自分を捕えようとした騎士を蹴り飛ばし、両手を掴み上げるフィリウスの首に手を当てた。
「動けばフィリウスが死ぬ」
「エル……リッター……貴様らっ」
「愚兄が国を荒らしているのはルイーツァリから聞いたのでな」
王子の顔から冒険者の顔に戻ったエミールは、フィリウスの両腕を確保したまま立ち上がった。
「はるばるお前を殺しに来てやったんだ。感謝しろよ? お前がブールの愚帝と知られる前に弟に殺されたという悲劇的な最期を演出してやるんだからな」
「ひっ」
フィリウスは息をのんだ。
エルの顔は、傷痕こそ消されているが、浮かんでいる笑みは命のやり取りを当たり前にしてきたものだ。手下を使って殺させていたフィリウスが、自分の手で殺せるような相手ではないのだ。
「め、命令だ、放せぇっ」
ぼぐっ。
鈍い音がした。
「ああ、すまない」
エルアミルは笑ってナイフを持っていた左腕を放した。
「暴れるから砕けてしまった」
「ひっ」
「ぎぃやああああ!」
フィリウスが悲鳴を上げる。
「でも放してはやったぞ? 俺はお前と違って言われたことはやってやるんだから」
「え、エルアミル殿下っ」
「おや、お前らが変に動くと本当にもう片腕を砕いてしまうじゃないか」
にぃやりと笑うエル。
「ざ、ざがれざがれぇ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、必死にフィリウスが叫び、騎士たちが下がり、重臣たちも手出しができない。
「父上は?」
「っひ?」
「父上はどうしたと聞いている。殺したか?」
「ま、まだ、まだぁっ」
「毒を盛ったか?」
「も、もっだぁ」
「どんな毒だ?」
「りょ、りょーぼーじにぎいでぇ」
「療法師は?」
リッターがフィリウスの喉仏に親指を当てながら聞く。
「連れてこい!」
エルが一喝、慌てて一人の侍従が外へ出る。
「療法師をお連れしましたっ……!」
「ひぃ、ひぃぃ」
逃げ出そうとする療法師を、重臣たちが前に突き出す。
「父上の療法師だな」
エルは目を細めて老人を見た。
「いつからフィリウスに自分を売り込んだ?」
「ひぃぃっ」
肩を竦め、右腕を握りつぶされそうなほどに掴み、左腕はその通り握り潰したフィリウスを見下ろして、エルは言った。
「まあいい。この国の後顧はここで絶ってやる。フィリウスに
次の瞬間、リッターが懐に持っていた石を、グイっと指先で割った。
バチィッ!
激しい爆発音と光。
そして、数名の宮廷魔法使いは、強大な魔法力を感知し、怯えた。
そして、次の瞬間。
首をへし折られたフィリウスだけが残っていた。
「へ……陛下」
股間を濡らし、白目をむいてあり得ない方向を向いて倒れているフィリウスを見て、フィリウスシンパの者たちが青ざめる。
その音に気付き、エルアミルを探していた他の重臣たちが謁見の間へ飛び込んできてこの様子を見、すぐに大騒ぎが始まった。
聞いていないのは遺体だけ。
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