第36話・最終手段

「……ヴィエーディア殿は言っていた」


 エルはしばらく考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。


「三流の、体が頑健なだけで他に仕事がないから冒険者になった「ないから冒険者」ならともかく、一流、伝説の冒険者を目指すなら、決して見捨てるなと。見捨てる冒険者は誰からも信頼されないと」


「エル……?」


「ここでオラシを捨てるのは、冒険者としての信頼を失うことになる」


「……確かにそうです。……が、エル様、妙案でも?」


「案はない」


 エルは唸りながら言う。


「案があれば教えてほしいくらいだ」


 リッターも溜息をつくしかない。


「……だが、ここでオラシの人々から俺たちの記憶を消しても、何かのきっかけさえあればフィリウスは攻め込んでくる。俺が実際にいたかどうかは関係なく」


 今度はリッター、セルヴァント、プロムスが黙り込む。


「では、案を一つ出しましょうか。かなり乱暴な案ですが」


「プロムス?」


 やおら顔を上げたプロムスに、三人の視線が集まる。


「リッター殿かルイーツァリ殿に、依頼を出していただくのです。フィリウスの暗殺を」


「な」「え?」「……っ」


 三人が絶句する案だった。


「依頼があれば冒険者は動けます。依頼理由は何でもいい。殺される前に殺す、でも、拷問された復讐でもいい。要は依頼人と仕事があればいいのですから」


「それを受けた『不倒の三兄妹』が暗殺に向かうのか……?」


「いえ、暗殺専門の冒険者や暗殺者に」


「そんな!」


 リッターは立ち上がった。


「そんな依頼を私が出すとは……!」


「ではリッター殿、あなたは他に手があると言うのですか?」


「……っ! それは……」


「その気になれば暗殺者くらい雇える金はある。フィリウスがいなくなれば、ブールは混乱に陥るでしょう。他国に攻め込まれるかもしれない。ですがフィリウスが治める国に比べればいくらかマシでしょう」


「……その後は?」


「我々の望みはブールを落とすことではなく、命を狙ってくる相手を潰すだけなのです。後はなるようになるでしょう」


「無茶だ!」


「……いや、妙案だ」


 リッターの悲鳴に近い声を封じたのはエルの一言だった。


「エル殿!」


「依頼主は暗殺者以外の誰にも知られない。この北の国とブール、二国の為に俺が……俺たちができるのは、これしかない」


「気付かれれば名は落ち、王殺しの名を取ることになるのですよ」


「捨てた国だ、何と言われようと気にはならん」


 その言葉に、リッターは自分が未だブールの騎士という立場に囚われていることに気付いた。


「……暗殺者に心当たりは」


「下手なヤツに頼めばこちらの身が危ない」


 エルがゆっくりと口を開いた。


「……俺が行く」


「!?」「エル殿?!」「エル様!」


 悲鳴に近い声をセルヴァントは上げた。


「危険です!」


「暗殺者より俺が行く方が安心できる。俺ならヤツを殺す理由はある」


「……どういう手を?」


「リッター、あるいはルイーツァリと共にブールへ行く」


 淡々とエルは語る。


「俺が来たと知れば、絶対にヤツは直接確認に来る。偽物だったら連れてきたヤツを罰するために、本物であればそれを殺すために。そこを」


 エルは喉を掻っ切る仕草をした。


「……エルアミル様としてブールにお戻りになるのであれば、王鷲として、王位継承者として戻るのですか?」


「いいや。ヤツを殺せば大混乱になる。その隙に逃げるさ。五年以上過ごして分かった。俺は王鷲や王より冒険者として生きる方が向いている」


 まだ何人か生き残りの王鷲がいるだろうし、とエルは首を竦めて語り終えた。


「……はどうします」


「……ん?」


「アルくんとジレさんはどうします」


 リッターの言葉にエルは首を竦めた。


「もちろん言わない」


 エルは何を当然、という顔で返事する。


「あの二人がそれで納得するでしょうか?」


「納得しなくてもしてもらわなければならない」


「絶対についてくる、と言いますよ」


「俺にソロで来た依頼と言うさ」


「私、あるいはルイーツァリ殿と二人でここを出れば、あの二人が絶対に追いかけてきますよ」


「……兄の頼み、と言っても聞くまいな」


「聞きませんよ。兄が一人で人殺しの汚名を着るならば、とついてきます。……そして、仮にこっそりついてこられて、我々が失敗すれば」


 リッターはもう一つの不安を口にした。


「アルくんはエル殿が大好きです。私のことも気に入ってくれています。我々が失敗して捕らえられたり、殺されたりすれば……アルくんの虫入り琥珀が動き出します。今度はブールの皆を殺すために」


「……アルなら、やるだろうな。かつて下種な冒険者連中に牙を剥いたのだから」


「それに、ジレさんもです。兄が人を殺しに行ったと聞けば、どれだけ心配するかわかりません。そしてジレフールということを思い出したなら、捨てた王鷲の名を掲げてフィリウスと真っ向から対抗するでしょう」


「……しかねないな、ジレならば」


「彼女は確かに王の器があると思いますがまだ幼い。神の愛し子とまで呼ばれ、勘が鋭く、優しく、誰かの為に心を痛める。権力争いの座に出てしまえば、利用されるだけです。私は……アルくんの瞳が黒くなるのも、ジレさんが権力争いに巻き込まれるのも、見たくはありません」

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