第35話・暴君の考え
「ルイーツァリ殿か私の存在が、ブールに知られた時」
リッターは震える声で言った。
「フィリウスがどう出るか、それを考えていました」
「フィリウスが……?」
リッターの顔は真っ青だった。
「何を考えてらっしゃるのが、お教えいただけないでしょうか」
プロムスの静かな声が、激しく脈打つ心臓を
「王鷲を探す一人、ルイーツァリ殿をあそこまで拷問しておいて、何故処刑しなかったのか」
「確かにおかしいですわねえ……。こう言ってしまえばなんだけど、見せしめなら公開処刑すれば国民にも臣下にも自分の考えが示せるでしょうに」
セルヴァントの言葉に頷くリッターは頷く。
「つまり、お前はフィリウスが違う目的でルイーツァリを解放したと思っている、そういうことか?」
「……はい。恐らくは、自分に従う国、背く国を見定めるために」
その言葉に、三人は反応した。
プロムスは目を細め、セルヴァントは青ざめ、エルは眉をピクリと持ち上げた。
「ルイーツァリを放つ時に、他の国でも彼を助けるな、そう言ったんだな」
リッターは頷く。
「近隣諸国に怪我を治すなと告げたのは、それによって従う国、従わない国を判断しようとしたのでしょう。フィリウスの悪名は、ただの王鷲時代から広く知られています。自分の力を示すためなら何でもやる性格は、あのレクス王ですら王鷲から外すべきかと考えたというのですから……フィリウス派の臣下に止められたようですが……それが王位をもぎ取ったなら、必ずや己の力を世界に示そうとするでしょう。つまり……」
「他国への侵攻」
エルが断言する。
「あの兄ならやる。国内が収まっていないとしても。国が広くなれば自分が強くなると思い込む」
同じ血は半分しか引いていないが、同じ父を持つ、同じ王鷲という立場にいたからよくわかる。
邪悪な自己顕示欲の塊。
それでいて頭が悪いわけではなく、有力な臣下を支配下に置き、その言動を父から隠していた。
「ルイーツァリ殿は恐らく、何処か置いてくれる場所を探して北へ逃げてきたのでしょう。しかし、どの国もルイーツァリ殿を摘まみだした。恐らくはブールとやり合いたくなかったのでしょうね。ルイーツァリ殿は、この時期に北山脈を越えることで、ブールの影響のない北の国が助けてくれることを期待したのでしょう。そして、寒さが苦手なブールの追手が諦めることも。……恐らくあの方が生きているとはフィリウスもその追手も思いますまい。しかし春が来て、手の者がオラシまでくれば、冬に辿り着いて手当を受けた者がいたと知れる。そうすれば必ずやフィリウスは牙を
「なるほど」
プロムスが珍しく眉間にしわを寄せた。セルヴァントは口元を抑えて何も言わず。
そして、エルは黙考していた。
「父……いや、あの男がまともなうちは、フィリウスだけは鷲王の座に就かないだろうと思っていた。レクスという男は、自己顕示欲の塊だが、王として耐えねばならない時、考えを変えなければならない時があることを理解していた。……だが、フィリウスにはそれがない。自分を抑えることもない。臣下も抑えない者ばかり。……オラシに攻めてくる可能性はあるな」
「そこで、私や皆さんの存在を知られたら」
「確実に王軍を率いて来るな。来年の冬が来る前にオラシは潰される」
プロムスも小さく頷く。
「国の利益や、その後のことも考えず、ただ逆らう者を潰すでしょう」
「まずいな」
エルは腕を組んで椅子に座りなおした。
「リッターの名も、ルイーツァリの噂も既にオラシ中に広がっている。春までに忘れられることはない。そして、ブールに二人の存在……そして冒険者として偽名を使っていてもエミールとジレーヌの名を知れば、エルアミルとジレフールに容易に辿り着くだろうな」
「そしてアルくんも。魔法猫と分からずとも自在に操れる魔法の力があるとあればどんな手段を使ってでも手に入れるのがあの男の
「……我々が姿を消しても、オラシは潰されるな」
「……はい」
リッターは真っ青だった。
「私のせいでしょうか……」
「リッター?」
「私が辿り着かないか……ルイーツァリ殿を助けなければ……こんなことには」
「あの状態でルイーツァリを助けるなというのは無理だろう」
エルは軽く首を振った。
「知人があんな怪我で雪道を歩いてきたら、助けるのが当然だ。少なくとも俺はその判断を間違っているとは言わないし言えない」
「申し訳ない……」
「謝るな。あそこでルイーツァリを見捨ていたら俺がお前を見捨てた」
リッターは黙った。それでも自分のせいではないだろうかと、不安に歪む顔が痛々しく見える。
「……例えば」
プロムスが右肩を撫でながら唸る。
「アルの記憶操作で、オラシ全土からリッター殿とルイーツァリ殿の記憶を消すのは?」
「……俺たちの名前だけを残すのか?」
「ええ。リッター殿とルイーツァリ殿の記憶さえなければ、「不倒の三兄妹」は知れ渡っていますから、名高い冒険者が滞在していた記録が残っても問題はないと思います」
「……フィリウスがそれで納得するかな」
エルは渋い顔をした。
「あの暴君は自分への悪意にはひどく敏感だ。エルとジレの名に疑いを持たないとも限らない」
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