第33話・苦難の旅

 アルは治癒院の玄関までという何とも豪快かつ繊細な転移魔法を使って、リッターの姿を女性に見せることなく送り届けた。


「これ」


 小さな水晶の欠片を渡される。


「終わったらそれに話しかけて。迎えに来るから」


「ごめんねアルくん、面倒かけて」


「この程度、面倒のうちに入らないよ。僕らに話、聞かせたくないんでしょ?」


 申し訳ない、という感情が顔に出たのか、アルはニッと笑った。


「分かってる。リッター兄、エル兄が怖いもんね?」


「ジレさんのことを言った時、完璧目が座ってたから……」


「リッター兄が本当のにいになったらそりゃあ嬉しいけど、首を絞めあげられるところは見たくない。てなわけで、呼んだら来るから」


 アルの姿がふっと消えた。


 そして、治癒室へつながるドアが開く。


「やっぱりお前か」


「お前か、って……」


 クラルは目の下に隈を浮かべ、無精ひげの生えた顎を撫で回しながら言う。


「治癒院の前は女殺しが怪我人を運んできたっていうんで張ってるヤツがいる、三兄妹の自宅は常に目がある、そんな中を気付かれず歓声も浴びずにやってきて、玄関でぐちゃぐちゃ喋っているとあらば選択肢は一つしかないだろ」


「ご慧眼けいがん恐れ入りました」


「色々訳アリなんだろうが、あんまり面倒かけさせないでくれ」


「申し訳ない。で、ルイーツァリ殿は?」


「こっちだ」


 クラルは奥の部屋にリッターを連れていく。


「う……うう……」


 苦しそうな呻き声。


「本当は痛み止めに眠らせたいところなんだが、あんたの名前を聞いたら何としても話さなきゃいけないって意地はってね。激痛で起きてるだけで辛いだろうに。……あんまり興奮させるんじゃないよ」


「分かりました」


「じゃあ、俺はあっち行ってるから」


 クラルは部屋を出ていった。



 生臭い匂いが部屋に充満している。


 怪我にも慣れているリッターは、すぐその匂いに思い当たった。


 膿の匂い。


 一度切り傷を放置して置いたら見事に膿んでじゅくじゅくするわ痛むわととんでもない目にあったからよく覚えている。


「ルイーツァリ殿」


「……リッター……?」


 リッターは一呼吸してから、部屋の奥のベッドに向かう。


 全身……顔まで薬草を塗った油紙で覆われ、顔は分からない。だが声はしゃがれ、苦痛で歪んでいるが、ルイーツァリのものだった。



「具合は」


「最悪だよ」


 しゃがれていたが、笑い含みの声だった。


「……全身痛い。治癒師が言うには生きていたのが奇跡だそうだよ……」


「一体何者に、その怪我を」


 まず聞かなければならないのは、これだった。


「ふふ……気になるか?」


「当然でしょう」


「その前に聞かせてくれ……お前は、エルアミル様を、見つけたのか?」


「見つけたならば国に帰ってますよ」


 リッターは表情を微妙に操りながら言った。


「北の果てまで来たけど無駄足だった。南に行った貴方が見つけたと思っていましたよ」


「ふふ……私も同じだ。南まで行ったのに何も見つからなかった……」


「……南に行ったはずの貴方が、何故今この北の果てオラシに?」


「先に忠告しておく……ブールに帰ってはいけない……。王鷲がいてもいなくても、だ……!」


 言い切って、ルイーツァリは苦しそうに息を吐いた。


「……一体、何故……」


 苦痛に耐え、声を絞り出すルイーツァリに、思わずリッターはその手を取った。


「無理はしないで……!」


「私は……王鷲が見つからなかった罰として……拷問を……」


 ひゅっとリッターは息を吸い込んだ。


「まさか! 確かに王鷲探索は我らに課せられた使命、しかしうまくいかなかったからと言って拷問などと……」


「……事実だ」


 言われなくともその怪我を見ればわかる。だが、リッターは信じたくなかった。かつて自分が己を預けた国が、騎士に拷問すらしてしまう状態になってしまったとは。


「……理由を、お聞かせいただいても」


「……任務未達成」


「それは事実だとしても……ルイーツァリ殿を拷問にかける必要はないはず……。一体ブールに何が起きているんです……?」


「我らが王はお倒れになったらしい……」


「……毒、ですか」


「ああ……毒を盛られて立ち直って、我らに王鷲探索の命を告げたが……その後で急に容体が悪化して……」


「ああ……しかも我らが知らない種類のもので、治癒師もお手上げらしい……」


「となると、王位継承争いがより一層激しくなる……?」


「激しいどころか……第六王位継承者フィリウスが、表裏様々な手を使って……今は、玉座に就いている……。レクス陛下がご存命だというのに……」


 そこでリッターは第六王位継承者だったフィリウスの顔を思い出した。


 どちらかというと父レクス王に似た顔をしたフィリウスは、あまりに情のない性格で、病弱だったジレフールを一番口汚くののしっていた王鷲だった。自分以外の王鷲は必要ないとまで明言していた。


「……そうか……。今更王鷲に戻られたら困るのと、自分に逆らったらどんな目に合うかを思い知らせるために……」


「恐らくは……その通りだ……」


 眉をしかめながら、ルイーツァリは言う。


「エルアミル殿下とジレフール殿下を連れ戻されたりしたら……フィリウスには困る……そういうことか」


「ああ……私は……さんざん拷問を受けて……国外追放された……。怪我も、隣国などのつながりのある国に……私が行っても怪我を治すなと告げられて……流れ流れて、ここへたどり着いた……。オラシならばブールとのつながりもなく……腕のいい治癒師がいると聞いて……」


 リッターは自分の顔が青ざめていくのがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る