第31話・ルイーツァリ

「大丈夫か」


 倒れたルイーツァリに、慌ててリッターが駆け寄り、エルはアルとジレが隠れている辺りに目を向け、頷きかけてから、ルイーツァリの元に向かった。


「酷い怪我だ……」


 リッターは眉をひそめた。ボロボロのマントの下はこれまたボロボロの革の服。冬用の衣類は一切ない。杖にすがってこの雪道を歩いてきたというのか。


「盗賊に襲われた?」


「いや、盗賊ならトドメを刺すはずだ。……もしかしたら、前の街からこの姿で歩いてきたのかもしれない」


 それなら盗賊に襲われずここまで来たのも納得はできる。出来るが……。


「ルイーツァリの任務は知っているのか」


「私と一緒です。王鷲捜索。ただ、ルイーツァリ殿は南の方へ向かったはず。何故こんな時期にこんな北の果てに……」


 微かに異臭が鼻をつく。


「この……臭いは」


 濡れた獣のような臭いは。


「まずい」


 木々の間にいるジレに視線で確認を取ってルイーツァリを覗き込んだエルは、顔をしかめた。


「怪我だらけで、それも治療していない。あちこち化膿している」


「! ……どうして」


「分からん。気温が低いおかげで、化膿がそれほど進むことがなかったのが救いだが……」


 エルは皮膚にぴったり貼りついている服の裾をナイフで切って、そっと引っ張った。


「ぐ……うっ」


 気絶しているルイーツァリが呻く。意識はなくても苦痛は感じるのか。


 皮膚の下から出てきたのは、黄色い汁はじくじくにじむ傷口だった。


「ジレ、アル、いいぞ」


 エルが声をかけて、二人を呼ぶ。


「ケガ人?」


「ああ。それも酷い怪我だ」


 覗き込んだアルが眉間にしわを寄せる。


「……傷を負ったのはずいぶん前みたいなのに、手当すらしてないんだね」


「リッターさん、知り合い?」


「……ああ。同僚……というか、先輩だ」


「ブール王国の騎士?」


 リッターは頷いて眉をひそめた。


「ルイーツァリは南に向かったというのは間違いないか?」


「ええ。王命で私は北を、ルイーツァリ殿は南を。共に国王の命を受けたのですから、間違いありません」


「アル。ヴィエーディア殿から借りた、あれがあるだろう」


「ああ、うん。今出す」


 アルはカチカチと懐中時計の龍頭を押して、隙間から何かを取り出した。


 見る間にそれは巨大化する。


「魔法の絨毯?」


「ケガ人を運ぶ装備を持ってきていないからな。二人で肩を貸してもこの雪の中じゃ歩けん」


「乗せて」


雪の上ギリギリに浮かせた絨毯に乗ったアルが指示して、エルとリッターがよいしょと絨毯の上に乗せる。


「よし、戻ろう」



 出てすぐ戻ってきた四人を見て、門番は不思議そうな顔をしたが、絨毯の上のルイーツァリを見て、慌てて門を開けてくれた。


 さすがにこんな早く帰ってこないと踏んだ女性陣が多かったらしく、出る時と違って黄色い歓声はほとんどなかった。


「何処へ?」


「治癒院だ」


「……確かに、このケガは僕じゃ無理だね」


 アルは街の中心地に近い建物に絨毯を向ける。


 ジレとエルが絨毯のわきを囲んで歩き、アルが絨毯をコントロール、リッターは慎重に傷口に貼りついた部分を残してナイフで服を切り裂いていく。


 エルは街の中でも大きい建物のドアのところに立って、どんどん、とドアを叩いた。


「クラル! いるか!」


「いるよ、そんなに叩きなさんな、今開けるから……」


 治癒師としては若い四十代ながらオラシ一の治癒師であるクラルがドアを開けた。


「アルの魔法でも治せない病人でも出たかい?」


「怪我人だ。かなりひどい。診てくれ」


「やれやれ、こんな早くから仕事かよ……」


 クラルは治癒助手を呼んで、絨毯の上からルイーツァリを下ろして寝台に移す。


「こりゃあ……こいつはマゾかい?」


「……いや、そのような性癖はなかったと記憶してますが」


「何だ、女殺しのリッター殿の知り合いかい」


「……何ですかその有り難くない二つ名。誰も殺してません。それより、どうしてそんな感想を?」


 クラルは喉奥で笑いながらルイーツァリを見て、軽く首を振る。


「傷の治療痕がない」


「……ええ」


「どの傷もかなりの怪我なのに、魔法薬や薬草、いや、消毒すらした痕がない。そのせいでどの傷もグチャグチャだ。もう少し暖かい地方であれば膿んで虫が湧いていたろうな」


「……私たちを見て、助かった、と言っていた……」


「追われて、ケガを治す間もなくひたすら逃げてきた、ということか?」


 エルの視線を受けて、クラルは頷いた。


「何処で出会ったって?」


「街道沿いだ」


「じゃあ、間違いなく逃げてきたんだろうよ。ここまでの大怪我を治しもせず歩くなんて、人間業じゃない」


 弟子に傷口に貼りついた服を濡らしてゆっくりぎ取らせながら、クラルが四人を見た。


「怪我が多すぎて、治るには時間がかかる。……意識を取り戻すにも時間がかかりそうだ。で、どうする」


「……俺たちの名前は出さないように頼む」


「ん?」


「リッターの名前だけ出しておいてくれ。意識を取り戻したら屋敷に連絡を」


 ルイーツァリも王鷲捜索……エルアミルとジレフールを探しているのだから、エルとジレという名前だけでも反応するだろう。それはまずい。リッターの名前だけ出しておけば問題はないだろう。

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