第30話・辿り着いた人

「ああ。……ほら見えてきた」


 いつの間にか女性の黄色い声も届かなくなった雪の森、真ん中を貫く空間がある。


「ここでリッターさんと会ったんだよね」


「ああ。出会ってなければ、夜を外で明かすことになり、獣か盗賊に襲われていただろうね」


 盗賊が冬は護衛になって街を守るとは知らなかったし、冬の獣があれだけ恐ろしいとは思ってもいなかった。


 自分の見識はブール近辺に限られていたのだと改めて反省する。


 そして、この街で彼らに出会えたことを感謝する。


 騎士として王命に囚われ、救国の英雄という言葉に憧れ、世界中を回っていたが、成功しても失敗しても何らかの問題が発生して自分の命が危うかった可能性もあったのだ。


「本当に、助かったよ」


 ジレに笑いかけるとジレも笑い返す。


「わたしも、リッターさんのおかげで助かったんだからおあいこだよ」


「そうだね」


「おいリッター」


「はい、なんでしょう」


「ジレに手を出すなよ」


 リッターは思わず空気を噴き出した。


「どど、どうしてそんな話になるんですか!」


「そんな気は全くないと言い切れるか?」


「え、あ、その」


「それとも俺の妹はお前に不適当と言いたいのか」


 矛盾するエルへの反論を考える。ジレに失礼に当たらないように否定するのが難しい、と思っていると、やけにキラキラした目で自分を見つめるアルに気付く。


「……アルくん?」


「リッター兄、本当の兄になるの?」


「アルくん!」


「えー。リッターさんのお嫁さんかー。いいなー。女の子たちみんなわたしを殴りに来るなー」


「ジレさん……ていうか、三人とも」


「ん?」「え?」「はい?」


「揃って、人で遊ばないでください!」


「おや、バレたか」


 真顔でエル。


「気づくの遅すぎ」


 笑いながらアル。


「うん、冗談。でも候補には入れておいてねー」


「本気でやめてください、私がエル殿にキレられます」


「あははっ、ジョーダンだよジョーダン!」


 楽しそうに笑うジレは、冒険の途中だけど年相応の笑顔をしている。


「……まあ、楽しかったのならいいんですけど」


 玩具にされたなーと思いながらリッターは首を竦める。


 こんな風に扱われるのも、三兄妹が自分を信頼してくれている証拠なのだからと思うと、怒る気もわいてこない。


 峻嶮とまで呼ばれる厳しいエルまでが冗談に加わってきているのも、自分を揶揄からかおうと言う……ある意味好意だろう。


「で? 街道で、旅人を探すんですか?」


「ああ。ジレ、アル、警戒を」


「はーい」「はい」


 ジレは集中して辺りに気を配り、アルは懐の中で懐中時計を握っているのがわかる。


「「亡霊の牙」の頭を上げたこと、影響はあるでしょうか」


 低い声でリッターが聞くと、エルも低い声で返す。


「ないほうがおかしいだろう」


「どう来ますかね」


「「亡霊の牙」がこの一帯で一番大きい盗賊団だ。それが潰れたら、裏の連中が影響範囲を広げるのに汲々きゅうきゅうとするはず。だが、今は冬だ。盗賊団同士繋がりがあれば伝達もするだろうが、今の連中の目的は冬を乗り越えること。大きな動きは春以降になるだろう」


「ん?」


 先頭を歩いていたジレが、ぴたりと止まった。


「何か、いる」


「獣か。盗賊か」


「獣でも盗賊でもない……人だね。敵意はない。誰かがこっちに向かって来ている」


「一人か?」


「うん。人が一人」


「他の場所に気配は?」


「……ない」


「ジレ、アル」


 エルは小声で言った。


「森の中に隠れていろ。俺とリッターが接触する」


 二人は頷いて木々の間に身を潜める。


 エルとリッターはそれぞれ大剣を抜く。


「何者でしょう」


「ジレが敵意がないというのなら確かだろう」


 エルはまっすぐ前を見据えながら答える。


「だが、気になる」


「……一人というところでしょうか?」


「ああ」


 さすがに気付いたな、と一瞬リッターを見て、エルは続ける。


「こんな時期に一人来る旅人など、訳ありでしかない」


「……私のように、ですか」


「ああ。逃亡者か、それとも尋ね人か」


「旅の吟遊詩人、というのもありでしょうかね」


「なくはないだろうが可能性としては低い。北の果てに来るならばもっと早くに来るはずだ。たどり着く可能性がそれだけ低くなるからな」


「……ですね」


 雪の降る中、森を分断する街道の真ん中を、向かってくる人が一人。


 徒歩で、トボトボと歩いてくる人影が、少しずつ大きくなってくる。


「……何者だ」


 エルが誰何すいかする。


「……オラシの街の方ですか」


「正確には、冬季に滞在して護衛の任に当たる冒険者だ」


「……助かった……」


 掠れた声。


 ……聞き覚えがある声だ。


 リッターは必死で思い出そうと記憶を掘り返す。


「改めて聞くが、一体何者だ。何処から来た。名乗れ」


「私は…………の騎士……」


 その声の主をはっきり思い出して、リッターは言葉を失った。


「ルイー……ツァリ……と……申し……ま……」


 ボロボロのマントを羽織って杖にすがっているのは、かつてレグニムに共に派遣され、共にエルアミルの警護を任されていた先輩騎士。


 その名をルイーツァリと言う。


「どうか……助け……て……」


 そのまま、ルイーツァリは雪道に倒れてしまった。

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