第29話・女性問題

「この歓声じゃ獣は近付かないだろうな」


 軽く舌打ちしてエルは塀を振り返った。


「とりあえず街道沿いを見て歩くぞ」


「街道沿い、ですか」


「お前も街道を通ってきただろう」


 エルは荷物を稼ぎなおして言った。


「ええ。封鎖ギリギリでジレさんに見つけてもらって」


「間に合わなかった旅人がたまにいるんだよ。この時期はな。盗賊団がそういうのを狙って襲ってくる可能性もあるので、その旅人を探し、見つけたら保護するのも仕事」


「……」


「その人がカッコいい人だといいねぇ、リッター兄」


「どうして?」


「顔がよければ女の人きゃあきゃあ言うよ」


「……できれば騎士が……」


「ああ、お前の人気は元騎士っていうのもあるからな」


 貴方は? という視線を受けて、エルは口元を歪めた。


「俺は傷ありの冒険者だからな」


 元王鷲……王子だと知れたらそれこそ黄色い声が外までついてくるだろう。


「リッターさんはわたしの心は分かるのに乙女心は分からないんだねえ」


「乙女心については勉強不足で」


「リッター兄は女心についての考察はしなかったの?」


「騎士とは、剣を捧げた相手に命まで捧げるもの」


 リッターは白狼のマントの首元を寄せながら、溜息混じりに呟いた。


「それが貴婦人だったり乙女だったりすることもある。あるのだけれど、私は宮廷騎士で、国に仕える騎士だったから、剣を個人に捧げたわけでなく、つまるところこれはと思った相手もおらず……」


「女の人にもこれはってのはいなかったの?」


「いたら、その人連れて逃げ出してるよ」


「それもそうか」


 アルが妙に納得する。


「第一、私は冒険者としてはまだまだだから、家族を養っていくことなんてできやしない。そこのところをわかってもらえるといいんだが……」


「養うだけならできるぞ?」


 またもやエル。


「今回の手柄、お前、分かってないだろう」


「手柄なら、当然四等分しますよ。私だけが盗賊団を倒したのではないのですから」


「うん、四等分しても、一年は遊んで暮らせるな」


 もう一度リッターは絶句した。


「ちょ……ちょっと大げさなんじゃ」


「大げさじゃないよー」


 アルが暢気のんきに言い、ジレが頷く。


「盗賊団「亡霊の牙」は、ここら辺りの里や街、国が賞金をこぞって懸けている賞金首だ。俺たちはそれを潰し、頭を倒した。冬が明けて、今凍らせてあるプネヴマの首を知らせれば、あちこちから賞金が届く。国王級に直接謁見する可能性だってあるぞ」


「ちょ、じょ、冗談」


「冗談じゃないよリッターさん。「亡霊の牙」って、リッターさんは知らないだろうけど北の大地じゃもう何十年も最も恐れられてた盗賊団なんだよ? その頭を潰して残りを冬の森に追いやったんだもん。大手柄だよ。ま、もっとも、リッターさんやわたしらを持ち上げておいて生き残りの亡霊がこっちに向くのを狙ってるのもあるんだけど」


「……ああ、なるほど。一介の冒険者風情が国王の謁見を受けるなんて、と思ったら、そういう思惑もあるのか」


 しかし、とリッターは肩を竦める。


「国から逃げた元騎士と知れれば、ブールに所在を突き止められますよ、それは遠慮します」


「何か悪いの?」


「国を裏切ったんですから、私が賞金首になっている可能性もあるんです」


「有能であればブールが何と言おうと国は放さないと思うだろうがな」


「有能ではありませんよ」


「いや、有能だろう。忠誠を誓っていない王鷲の護衛を任せられるのは有能な証だ」


「おーわし?」


「王鷲。ブール国王位継承者のことをそういう」


 すっかり忘れているジレにエルが簡単に説明する。


「へー」


 パッとジレは顔を上げた。


「じゃあリッターさん、王子様とか王女様の護衛をしていたの?」


「まあ、ね」


 エルは先頭を歩きながら知らんぷり。自分には関係ありませんよという顔をしているから、リッターは何度かこの男を護衛していたんですよと言いそうになったが我慢した。ジレにも言ったように、騎士時代の秘密を漏らすことは冒険者としての信用を落とすこと。そしてエルにも恨まれる。


「王子様とか、王女様って、素敵だった?」


「素敵? う~ん」


 本人を目の前にして何と言おうか。


「私が剣を捧げた相手ではないから、仕事上の関りだけで、深い関係はないから何とも言えないなあ」


 よし、うまく逃げた、と思ったら。


「王女様とわたし、どっちがかわいい?」


 また窮地。


「王女様とはお話をしたことがなかったから……」


「見た目! 見た目!」


「見た目と言っても」


 リッターは必死で頭を働かせる。


「舞踏会の薔薇と、野生の薔薇は、同じ薔薇でも美しさが全然違いますから。女性だから比べられるだろうというのは困りますねえ」


「つまり、わたしも薔薇ってこと?」


 ジレがにっこり笑った。


「ええ。薔薇にもいろいろありますから」


「えへへえ、薔薇かあ」


 ジレは嬉しそうだ。


「リッター兄上手く逃げた」


「逃げてないって」


 何とか切り抜けたと思ったら今度はアル。前門のジレ、後門のアル、そしてど真ん中にエル。何とかしないと。


「そ、れより、街道はそろそろですよね?」

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